前章-8
「おとーしゃん!早く」
「ああ、待ってくれ」
伝一郎は風呂場へと赴くと、湯船に半分程溜まった残り湯に手を浸けた。
「うん、ちょっと温(ぬる)いが、好いだろう」
桶で残り湯を汲み取り、幸一の眠る部屋へと持って行った。
「千代子。そこに畳んである幸一の着物を取ってくれ」
「こえ?」
千代子は、部屋の隅に畳んで重ねてある産着を手に取った。
「そうだ。良く解るな千代子は」
伝一郎は楽しそうに話し掛けながら、古新聞や手拭いに替えのおしめ、そして天花粉を幸一が寝る前に揃えて並べた。
「いいか千代子。これから幸一を綺麗にしてやるんだ」
「きえーに?」
「そう。赤ん坊はな。とても汗っ掻きな上に肌がとても弱い。だから、放っておくと汗疹が出来てしまうんだ」
「あせも?」
「赤いぽつぽつの、痒くなる……ほら、此処に出来てる奴だ」
伝一郎が指差したのは、千代子の首許。小さな湿疹を爪で掻いた跡が有った。
「こう為らない様に、身体を拭いてやって、天花粉を塗ってやるんだ」
展げた新聞紙の上に幸一を寝かせ、産着とおしめを脱がせると、丸々とした赤ん坊が手足をぎこちなく振っている。折角、寝てたのを邪魔されたのが嫌な様で、少しぐずり出した。
「♪えーんえんころいよ、おころいよ─♪」
すると、それを見た千代子が幸一の傍らに寝そべり、子守唄を歌い出した。幸一のおでこを優しく撫でながら、一節だけを何度も々繰り返している。母で有る菊代の仕種を真似ているのだ。
伝一郎は、子供逹の織り成す光景に思わず見惚れ、切り取って残したいと言う衝動に駈られた。
「おっと……いかんな」
濡らした手拭いをきつ目に絞り、幸一の身体を撫でる様に優しく拭いてやる。蒸れ易い首許や腋の下、股に背中へと拭き進んで行くが、幸いにも汗疹の跡は無かった。
「よし!後は千代子が天花粉を塗ってやるんだ」
「うん!」
缶に詰まった白い粉を、千代子が粉おしろい塗りを用い、幸一の全身を隈無く天花粉で覆ってやった。
「ちょっと塗り過ぎだな……」
厚く塗り過ぎると、汗を吸って余計に汗疹の原因と為ってしまう。伝一郎は適度に厚い部分を払い落とし、新しいおしめと産着に着替えさせて、再び幸一を元に戻してやった。
「これで暫くは好いだろう」
さらさらになった肌が心地良いのか、幸一は直ぐに寝付いてしまった。そんな様子を伝一郎は、目を細めて眺めていたが、
「それじゃ、次は千代子の番だな」
「なに?」
「今から、お父さんと行水するんだ!」
千代子の汗疹が気に為ったのだろう。風呂に入ると言い出した。
「ええ〜!」
途端に、千代子の形相が不安で一杯に変わる。