前章-6
粛々と式を終え、殆どの生徒が母親に連れられて帰路に付く中、伝一郎や晶子ら一部の子供逹は、自宅とは別の方向へと歩き出す。
晶子を含む子供の殆どは女子で有り、その胸には小さな風呂敷包みを一つ抱かえ、仲買と呼ばれる男の傍に立っていた。
母親は、涙ながらに娘の無事を祈り、断腸の思いで手離してしまう事を謝り続ける傍ら、娘を売った金に安堵の表情を浮かべている。
晶子の母親も、晶子を抱いて別離を惜しんだが、当の本人は表情も変えずに黙って抱かれていた。まるで、世捨て人のように。
そんな悲しい別離の中にあって、伝一郎は、毛色の違う異彩を放つ。
例の馬車が学校の傍に停車して、背広姿の伝衛門が従者を従えて現れた途端、大勢居る人々は一気に端へと退き、行く手を開けた。
「お前が伝一郎か……成程、目許は菊代そっくりだ」
(これが、僕の父さま……)
初めて目にした伝衛門は、予想した通りの傲慢さを、その表情に醸し出していた。
「菊代との約束通り、今日からは儂がお前の親で有り、後見人と為って仕込んでやるからな」
伝衛門は笑みを湛え、その右手を伝一郎の右肩に置いた。その時、伝一郎が視線の先で見ていたのは、仲買人に連れられて行く、項垂れた晶子の姿であった。
──言いなりなんか、真っ平御免だ!
伝一郎は肩に置かれた手を払い除けると、伝衛門を憎みの眼で見据えた。
「ずっと、僕や母さまを放っておいたくせに、今更、何しに来たんだ!」
菊代の哀願によって、心の奥底に押し留めていた不満が、晶子と言う存在をきっかけとして、一気に表面化したのだ。
「貴様……それが親である儂に対する言葉か!」
伝衛門は、怒りを顕にして怒鳴り散らすが、伝一郎は気圧される事は無い。寧ろ冷静さを保って言い返した。
「男としての責任も取らず、今更、父親だなんて恥ずかしくないの?」
「貴様あ……」
互いの想いがぶつかり合う。表情を変えずに冷たく罵る伝一郎に対し、伝衛門は怒りの余り、鬼の形相で我が子を睨み付けるが、相手の真っ当な意見に、ぐうの音も出無い状況だった。
その時だ。
「伝一郎!」
突如、菊代が伝一郎に駆け寄り、その頬を強く叩いて叱り付けた。
「お、お父様に、何て口の利き方です!謝りなさい」
伝一郎は驚いた。頬の痛みより、菊代が伝衛門を擁護している事に。
「か、母さま……何で」
「貴方は私との約束を反古にするのですか!?」
菊代は、凄まじい気迫を持って伝一郎に詰め寄る。
「母さま……」
「貴方は黙って、お父様に従えば良いのです」
母として、我が子の憤りは充分過ぎる程解っている。が、苦心を重ねている今の暮らしぶりでは、我が子に未来が無いと解っているからこそ、別離を決めたので有り、それを反古にする積もりは無かった。