前章-22
(それにしても、若い女給だな……)
伝一郎は胸の内で、荷物を持って階段の先を行く夕子に関心を持った。
──容姿からすると自分よりも年下だろう。それなのに、緊張を見せながらも気後れした様子が無かった。そればかりか、逆に笑顔を振り撒いていた。
(是非、話してみたいな)
二人は階段を登り切り、右へと折れる。この廊下の突き当たりに、伝一郎が毎年使っている部屋が有った。
「貴方、来てたの……」
部屋に入ろうとした時、背後から声がした。確認する必要も無く義母の貴子だと気付いて、伝一郎が振り返ると、哀しみの双貌がそこに在った。
「義母さま、只今、戻りました」
先程迄の、朗らかな気持ちは何処かに消え失せ、代わって神経が張り詰める。伝一郎にとって貴子は親では無く、唯の苦手な女でしか無かった。
「貴方が来たと言う事は、貴喜が亡くなって、また一年が過ぎたのね……」
貴子は、そこ迄言うと、咽びながら再び自室に隠ってしまった。後を追って上女給が部屋に入るのを見て、伝一郎の口からため息が漏れた。
──彼女の境遇からして傷心ぶりは充分解るが、既に五年。帰る度に“怨み節”を聞かされては、此方の気が萎えると言う物だ。
「荷物、此方で宜しいでしょうか?」
「ああ。後で解くから、適当に置いといて下さい」
夕子は荷物を、部屋の丸椅子の上に置き、辺りを見回した。 十畳程の広さに小さ目のベッドと作り付けの洋服掛け、対の机に椅子、そして丸椅子が一つだけ。とても、御子息の部屋とは思え無かった。
「とても、簡素だと思ったでしょう?」
伝一郎に、胸中を見事に言い当てられ、夕子は胸が扇いだ。
「そ、そんな事はございません!綺麗なお部屋だなって」
慌てて取り繕おうとする姿が伝一郎の笑いを誘った。
「す、すいません……」
「いや。謝る必要は無いんだ、本当の事だから」
そう言うと、彼はベッドの端に腰掛けた。
「このベッドもね、寄宿舎と同じ程度なんだ。余り寝心地が良いと、戻った時に苦労するから」
「そんな物ですか」
「俺の事より、君の事を教えてくれないかな?」
「わ、私の事ですか!?」
「ああ。実は、自分より年下の女給さんは初めてなんだ」
伝一郎が椅子に座るよう促すと、夕子は躊躇いを見せながらも椅子に腰掛けた。
「あの……それで何を?」
「何時から此処に?」
「えっと、今年の春からです」
「だったら、女学校に行ってたのかな?」
「はい!そこを卒業して直ぐに、此方で奉公させて貰ってます」
奉公と言う言葉に、伝一郎の頭の中で、晶子の顔が思い浮かんだ。