前章-18
そして、もう一つ、金を齋してくれるのが石炭だ。
略、全ての産業が機械化を施され、電力を伴う事業も普及しつつある今、石炭の需要は益々高まるばかりのみ為らず、値段も同様に右肩上がりの様相を呈していた。
正に“黒い金剛石”と呼ばれる所以で有った。
伝衛門は、培った庄屋の気質と金を最大限に利用し、この街を築き上げたのだ。
伝一郎が、初めてこの街を訪れたのは菊代と別離した小学校の卒業日。その圧倒的規模の大きさに度肝を抜かれたのを、昨日の事の様に覚えてる。
駅に到着すると同時に、相当の人数がわらわらと橋粱に降り立った。
鉄道が有れば、人と物と金が集まって来る──伝衛門の読み通り、街の規模は最近十年で三倍に膨れ上がっていた。
「坊っちゃま!」
伝一郎が、大勢の人々と同様に改札に向かっていると、背中から誰かに呼び止められた。
振り返った先には、この辺りでは見馴れ無い、開襟シャツとサスペンダー付きズボンを、小肥りの体躯で窮屈そうに纏う、口髭が特徴的な中年男が立っていた。
「お待ち申し上げておりました」
男は畏まった口ぶりの上、伝一郎に対してうやうやしく頭を下げた。その途端、周りの目が好奇の色に染まり伝一郎に集中する──この年若い男は何物かと言う意味合いの眼が。
「ご足労掛けます、香山さん」
伝一郎が香山と呼んだ中年男は香山秀五郎と言い、元々は代々、田沢家の小作として仕えて来た家の出だ。伝衛門が起業した際、真っ先に駆け着けた内の一人で有り、現在は馬車の運転手兼、屋敷の全般を任される執事として重責を担っている。
今日も伝一郎が戻ると言う事で、迎えを頼まれたのだ。
「一年ぶりのお姿、背も随分と高くおなりで」
「そうですかね……」
気乗りし無い帰省は、返す言葉さえ雑然としてしまう。が、香山は気に掛けた様子も見せずに笑顔を崩さ無い。
「お荷物を此方に……今日は“親方様”もお待ちですよ」
「父さまが?」
意外な出来事に伝一郎は、煩瑣(はんさ)な感情を禁じ得ない。毎年の帰省でさえ顔を会わせ無かった事が、つい、穿った見方をしてしまう。
「何で、今年に限って……?」
それとなく探りを入れてみるが、香山は「何かお考えなのでしょう」と、はぐらかすばかりで有る。
「な、何だ?」
駅舎を出た二人の前に、人集りが出来ていた。いくら四頭立ての馬車が珍しくても、これ程には集まら無い。伝一郎は不思議に思った。
「お前さん方、そこを退いてくれないか!」
香山が、体躯にそっくりな野太い声を張ると、人々は蜘蛛の子を散らす様に集りを解いた。
「な、何だ?こりゃ」
目の前に現れたのは、馬車の客室に余分な箱が付いた様な、酷く不恰好な様相の乗り物で有る。何より、運転席が見当たら無いのが不思議に思えた。
「何です?これ」
問いかけに、香山は胸を張って答えた。