ハジマリ-1
「イサムさぁ、あんた、水泳の時にユキちゃんの着替えるとこ覗いてるでしょう?」
あたしがそう言うと、イサムは必死に握っていたコントローラーを落っことして、顔を青くした。
「バ、バカかお前、なんで俺がそんなことを」
ユキちゃんというのは、あたしの友達で、お人形さんのような実に女の子らしい女の子だ。
そして、あたしはその逆で、実に男の子らしい女の子だった。
イサムとは幼稚園の頃からの付き合いで、小学校に入ってからもこの六年間ほとんど同じクラスになるほどの腐れ縁だ。
なのでこういう風に、時々帰りにあたしの家に寄ってゲームをしたり、サッカーやらキャッチボールをして遊ぶようなこともある。
「だって、こないだユキちゃんからあたしに相談してきたんだもの」
「ち、ちげーよ……! それに、女子はラップタオル巻いて着替えてるだろ? 覗くも何も、何も見えたりしねーよ!」
「やっぱ、見てんじゃん」
「何でだよ、そりゃ、たまたま目に入ったりはするだろ。同じ教室で着替えるんだから」
必死に弁明をしているイサムを、あたしは冷ややかに見つめた。
イサムがユキを見ていることは、着替えに限らず何度もあって、実はあたしも気づいている。
何か小さな動物でも慈しむような、そんな優しい顔で彼女を見つめているのだ。
しかし、イサムの行動も理解出来ないではなかった。
ユキはイサムに限らず、男子からは人気がある子だ。
可愛くて、頭が良くて、スカートのよく似合う、どこかあたしとは世界の違う女の子。
ユキが来ると、その場がユキ中心になってしまうような、そんな華がある。
「結構そういう目線て、わかっちゃうから、気をつけなよ?」
「余計なお世話だよ、ミサ! でも、お前はそんな心配する必要はないな?」
イサムはニヤリとあたしを見て、そんな軽口を叩いた。
あたしが、ユキとは全く違う位置にいる女だとイサムは馬鹿にしているのである。
女の子っぽい、フリフリした服は、あまり着なかった。
昔から運動が好きだったし、日に焼けていたり、髪が短めだったりそういう服が似合わない自覚はあったのだ。
だが、だからといって、あたしはそれでも女の子である。
別に男に憧れて、男っぽい格好をしている訳ではない。今だけ、たまたまなのだ。
イサムはまだ知らないだろうが、あたしの体も女としての機能を目覚めさせつつあった。
胸は、ユキよりも膨らんでいた。あそこには、毛なんかも生え出している。
そして、初潮が訪れていた。イサムにそんなことが、理解出来るはずもない。
だから、イサムがくだらないことを言ってあたしを挑発しようとも、腹も立たない。
イサムは、まだまだ子供なのだ。