back to the ground 〜十年後の僕へ〜-6
柔らかに風が吹く。
誘われて木々が謳う。
呼応するように、僕らは集まった。
見えない糸で引かれるように、みんな戻ってくる。
スタートラインに帰ってくる。
いつかの校庭に ―――― back to the ground
そこに約束などいらない。
自然に基底に立ち帰るという穏やかな衝動を、だれもが感じた。
「決して誰かが呼び集めたわけじゃないの」先生は言った。
「・・・分かってます」
見渡せば、百以上の懐かしい顔が、校庭に溢れていた。そしてそれは、どんどん増えていく。それは、まるで冗談のような話だ。強力な磁石に引かれるように、十年の時を隔ててこの時、この場所に。
「おぉ、久しぶり!」
僕の姿を見つけたクラスメートが、僕の名前を呼んだ。「久しぶり」
「お前、太ったな」
開口一番に失礼な発言。
それはよく一緒に授業をサボった悪友からだった。
「恰幅が良くなった、とも言う」僕は訂正した。
「やっぱり、覚えていたんだな」
それは先ほど、電話で聞いた声だった。
「忘れるわけないだろ、桂木」
ざわざわと、多くの人の再会が続く。
「先生、今日は学校の生徒さんは?」
誰かが茜先生に尋ねた。そういえば、やけに学生の人が少ない。
「今日は部活を禁止しました。特別な日ですからね」
校長は、その特権を振りかざしたようだ。
「相変わらず無茶苦茶ですね、先生」
「いつか時効になりますよ」ふわりと笑った、その表情。そう、何も変わってはいない。
僕らは大人になった。変わり続けた。
その間、先生は変わらないように努力したという。
僕らが帰る、その場所を。
ずっと守り続けたという。
「ありがとうございます」僕は心を込めた。
不意に、音楽が流れた。
♪〜
そう、それは十年前の、あの日と同じ。
ここは、分岐点だと思った。
もう振り返ることの無い、分岐点だと思った。
けれどそれは違ったようだ。
僕らはきっと、いつでも帰ってこれる。
あの日、あの場所に。
だから怖れずに前を向けばいい。
信じた道を、進み続ければいい。
「え、と」誰かが朝礼台に上った。
「みなさん、どうもお久しぶりです。私は、ちょうど十年前、ここで辞任した生徒会長です。ふらっと母校に赴くと、こんなに沢山の人が集まっていてビックリしました。私は今、平凡な主婦をしています。日々の喧騒に紛れながら、ふと学生時代を思い出すことがあります。それはとても楽しい思い出ばかりで、胸が一杯になります。先日、子供が出来ました。まだ歩くこともままならないですが、その子にもいつか同じ思いをさせてあげられるように、これからも生きていきます。ここにいる顔と、ここにいた時間を、決して忘れません。ありがとう」
僕は目を閉じた。
そこには別れを惜しむ生徒会長の泣き顔があり、それに応える人たちがいた。
下らないと嘲笑った日々が、今鮮やかに僕らを包む。
懐かしい風に吹かれて、僕は目を開ける。