Ⅷ 受入れる少女-2
・・・想い出の少女・・・
そう、これは父親がまだ生きていた小学校低学年の時の記憶。
父親に甘えていた頃・・・の感覚。
「福井さん？」
「福井さん？」
何度も呼ばれて、ようやく現実世界に引き戻される。
車両の契約を終え一区切りがつき安心してしまったようであった。
その帰途の途中緊張から解き放たれ、千章の運転する車中で眠ってしまった。
そして一気に緊張が解けたせいか、微かに空腹のシグナルを発してしまう。
微妙な空気が流れる中・・・
千章は何もしゃべらず車を移動させ、飲食店街の入るホテルの駐車場に車を入れる。
そして、こう穏やかに話しはじめる。
「私はこの先にある行きつけの寿司店で夕飯にしよう思います」
「ああ、もちろん一緒に食事と言う訳で申しているのではありません」
「貴女も私を前にしては、食欲がわかないでしょうから」
「私も少々安心した事から空腹になったようです」
「ここのホテルに入っている○○○○のパスタはおすすめです」
「お口に合うか分かりませんが、是非お試しください」
「本日はだいぶお疲れのご様子」
「最後のノルマは次週に是非ともお願いします」
「それと最後と言う事で、ひとつだけ用意して欲しい物がございまして・・・」
この日の千章は、いつになくよくしゃべった。
もしかしたら、この男は元来饒舌で交渉上手なのかもしれない。
事故交渉時のやり取りをまじかで見ていてもそれがうかがえた。
そんな事を美涼が考えていると
「食事が終わったら、タクシーでご帰宅ください」
そう言って紙幣を数枚美涼のポケットに差し入れ、降車させるとゆらりと立ち去って行った。
美涼は千章の最後の奇異な願いを思い出し、呆れつつも小さく失笑した。
相変わらず不思議で馬鹿げた事を、真面目に丁寧な口調で話す人であると・・・
そこには当初あった憎しみや嫌悪の情は薄れつつあったのかもしれない。
それでも美涼は千章の最後の願いを用意する事と、ある決意を胸に秘め最後のノルマに望む事にしていた。