10-4
そこにあらわれたのは、火照った頬と、汗ばむひたいと、さまよう目と、湿った唇である。
すべてのパーツを合わせてみると、それは霧嶋優子とほぼ一致した。
いいや、優子本人だった。
悲しい出来事が起きると、人は誰でもこんなふうに胸が寒くなって、目の前の事実を否定しようとするのだろうか。
花織の全身から魂が抜けていくように、涙が流れていった。
意識が真っ逆さまに落ちる。
優子は人間に犯されたのではなく、最強の媚薬『デリシャス・フィア』に犯されていた。
花織もまた、快感を上まわる恐怖に洗脳されていく日々が待っているのだと思うと、子犬のように震えた。
直後、視界を遮る手のひらが見えたと思う間に、誰かが背中に抱きついてきた。
抵抗する気力は残っていない。
されるがままに身をまかせていると、背後から声が聞こえた。
「見ちゃだめだ」
声には聞き覚えがあった。
「俺が推理ゲームだなんてはしゃいでいたから、優子を助けてやれなかった。ごめん」
台詞は聞こえるが、言葉を理解できる状態ではなかった。
それでも花織の心は安らいでいた。
「もう終わったんだ。花織はだいじょうぶだ。花織だけでも救ってやれて良かった」
彼の熱い息が花織の背中をあたためていた。
「もっとはやく気づいていたら……、花織のことが好きだって気持ちに気づいていたら……」
感情の込もった声が聞こえる。
けどやっぱり何を言っているのか花織にはわからない。
ここ数日のあいだにいろいろありすぎて、花織はくたくたになっていた。
とても大切なことがエンドポイントを通過したような、澄んだ気分だけは感覚としてあった。
そうしていつか彼の腕の中で、花織は深い眠りに就いた。