10-3
正しい状況判断をするには、もう少し時間がかかりそうだった。
どうしてこの部屋の床は濡れているのだろう。
どうしてたくさんの椅子が不自然に組み合わさっているのだろう。
その椅子の上には、どうして学園祭の衣装を着たマネキンが座らされているのだろう。
次々と湧いてくる疑問点を整理していくうちに、花織はあることに気づく。
そういえば優子の姿がない──。
さっきまで自分に迫っていた足音も聞こえない。
さらに、誰かの息づかいが聞こえているのに、ここには自分一人しかいない。
媚薬に手を出したせいで、自分はとうとうおかしくなってしまったのだろうかと、花織はうなだれた。
それなのに瞳だけは止めないでいた。
あちこちに巡らせては、ひらめくものを探している。
マネキン、学園祭、黒い衣装、見れば見るほどよくできていると思った。
天井から垂れ下がっている三本のロープはそれぞれ、マネキンの胴体と両脚を吊るし上げて、下半身は椅子の座面に着地している。
つばの広い三角帽子で顔を隠して、マントはこうもり傘みたいに広がり、はだけた胸の谷間から乳首に至るまでがじつにリアルだった。
ニーハイブーツを履いた太ももから、上へ上へと視線で辿ると、なんとも生々しい女性器が彫刻されていた。
そしてそこに挿入されていたのは、魔女の箒(ほうき)だった。
太い柄の部分をしっかりくわえ込んだ人形の性器が、生き物のように潤っている。
その真下に水たまりがあった。
いたずらにもほどがあると思った。
膣内から聞こえる恥ずかしい音、漂ってくる恥ずかしい匂い。
そこまでする理由がわからない。
「誰?」
いきなり、花織は声を上げた。
倉庫内の空気がかすかに動いたのだ。
やっぱり誰かいる。
カボチャのお面、違う。
ゴーストの白いテーブルクロス、これも違う。
だとしたら一体──。
花織は視線を止めた。魔女の恰好をしたマネキンが、手足をぴくぴくと動かしていた。
それはしだいに大きな波をつくり、白い肢体をくねらせる。
「……っ……あっ……うっ……んぐ……んむふっ」
つくりものが声を発していた。ぎりぎりの声だった。
そうして顔を隠していた帽子が脱げ落ちる。