10-2
そこまで行ってしゃがみ込み、通路に落ちているそれに目を凝らす。
暗くてよく見えなかった。
バッグから携帯電話を取り出して、画面の明かりをあててみた。
頼りない明かりの下にぼやけた輪郭が浮かび上がり、途端に花織の表情が一変する。
それは見覚えのあるシュシュだった。
「優子……」
唇をほとんど動かさないで、ぽつりと名前をこぼす。
どうか無事でいて欲しいと祈る思いでシュシュを拾うと、数メートル先にまた別の何かが落ちていた。
それも優子の持ち物だった。
それは皮肉にも、優子のバッグの中身が点々と落ちて道標となっている光景だった。
一つ一つを回収しながら進んで行くと、突き当たりに倉庫のドアが見えてきた。
おそらくこの向こうに優子がいて、心無い男の前で恥ずかしい姿にされているに違いない。
そしてあたしがそれを目にした瞬間、あたしへの乱暴が約束されてしまう。
車の免許だってまだ取っていないし、語学留学もしたかった。
それもこれもあきらめるしかないのだろうか。
優子は大事な友達だけど、あたしだってレイプなんかされたくない。
こんなときに小田くんがいてくれたら──。
閉ざされたドアの前でなかなか決心できないでいると、建物のどこかで人の足音が聞こえたような気がした。
いいや、耳を澄ませると確かに聞こえる。
歩幅は広めで、足音のトーンは低く、迷わずこちらに近づいてくる。
じりじり、じわじわ、その距離はどんどん縮まっていく。
花織は足音のする暗闇のほうを見て、今度は優子が閉じ込められているであろう倉庫のドアを見た。
暗闇、ドア、足音、優子、交互に振り返っているあいだにも、何者かの気配は迫ってくる。
「いやあ!」
次の瞬間、自分の手がどう動いて、足をどちらに踏み出したのか、見えない力に背中を押されるように花織は倉庫の中へ転げていた。
バッグの中身が床に散乱する。
手帳も、化粧ポーチも、携帯電話も、手がつけられないほどあちこちに散らばった。
その中からサプリメントの入ったピルケースが一つ、いきおいよく床をすべっていった。
それが何かにぶつかって、ぱきんと音をたてたとき、花織はようやく顔を上げた。
薄汚れて埃っぽい床を想像していた花織の目には、きれいに磨かれたフローリングと、鏡のような水たまりが映っていた。