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ずっと身構えていたわけでもないが、小田から信頼を告げられた黒城は、全身の緊張をゆるめていった。
目を閉じると、瞼の裏に女性の影が映る。
影はお腹をふくらませて、愛する人の面影を受け継いだ小さな命を産み落とした。
小さな命は産声を上げて、しわくちゃな手足を力強く振りまわす。
やがて自分の意思で立ち上がり、言葉をおぼえ、自分の母親が誰なのか、そして父親が誰なのかと、愛情を求めて歩き出す。
こんなはずじゃなかったんだ──。
はっとして黒城が目を開くと、一息ついたコーヒーカップとグラス、それに空になった椅子が無言で佇んでいた。
バイトのウエイトレスは相変わらず退屈そうにあくびを噛み殺していたが、黒城は彼女に声をかけようとはしなかった。
小田が置いていった最後の言葉だけが、いつまでも胸の奥でくすぶっていた。