8-1
不吉な予感はずっと以前からあった。
小田佑介の推理の線上には、気がかりなことがいつも渦巻いている。
やるべきことはいくつもあったが、『ディープ』によって導き出されたデータを一つも見落とさないように、これが最後の作業になるのだと覚悟を決めた。
それは親しい人物だったり、疑わしい人物の周辺を探る作業である。
被害者、容疑者、第三者、親友。
半ば予想していたことが的中したとき、自分はどんな心持ちでいればいいのだろうか。
そんなことにまで気を配る余裕はないのだが、やはり予想は的中した。
ある人物と会うために、小田は上着のポケットの中で拳を握りしめ、駅へと向かう道を歩いていた。
駅に着いてからもベンチに座ったり立ったりを反復し、落ち着かないまま何本かの電車をやり過ごす。
ようやくその重たい足を開いた電車のドアへ踏み出したとき、半端な感情はどこかへ消え失せていた。
車窓からの眺めは綺麗だった。
遠くの山やビルなどの建物は止まって見えるのに、すぐそばの景色はなかなか目に映りにくい。
それもまた今回の強姦事件とよく似ているのだと、小田の胸に郷愁のようなものを訴えてくるのだった。
しかし決意は変わらない。
電車を下りた駅の裏側には、昔ながらの家並みが瓦屋根をのぞかせていた。
そのうちの一軒の門前で足を止め、小田はチャイムを鳴らしてみた。
事前に電話をしてあったので、すぐに玄関ドアが開き、その人物はあらわれた。
ずいぶんと背の高いすらっとした背格好で、口元に笑い皺をつくり、ハイネックのセーターに首をすぼめている。
年齢は四十代前半といったところだろうか、その女性はとても優雅な身のこなしで応対してくれた。
「いらっしゃい。わざわざこんなところまで、大変だったでしょう?」
艶のある声に出迎えられて、小田は少々緊張した。
「こちらこそ無理なお願いをしてしまって、すみません」
「いいお茶が手には入ったから、どうぞ上がって」
ガーデニングのハーブの香りが長い黒髪にまで染みて、彼女のまわりには植物特有の芳香が漂っていた。
秋本文子(あきもとふみこ)、彼女に確かめなければならないことがある。