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「あなたのような立派な人が、あの子のそばにいたなんて、友達には恵まれているようね」
「いいえ、そんな。僕は別の高校の教育実習に行っていたので、当時のことは何も知らないんです」
「そうねえ。私もちゃんとしたことは言えないけれど、あの子はあの子なりに教授に気に入られたくて必死だったに違いないわ。それでね、あのときの授業で教壇に立っていたあの子に向かって、一人の女子生徒が難題を突きつけたの。普段なら簡単に解けるはずの問題が、緊張していたのか、恥ずかしかったのか、あの子は結局解答を出せなかった。そうしたら別の女子生徒が難なく解いてしまったものだから、あの子はますます立場をなくして、挙げ句の果てに教授からも見放されたというわけ」
「その教授の名前は?」
「確か、平家だとか言ったかしら」
なるほど、と小田は二度頷いた。
これだから推理ゲームは面白いのだと、今さら思った。
何が起こるか読めないところと、秋本文子が喋った内容に興奮を隠せないでいる。
「高校で私が教えていたあの子と教育実習で久しぶりに会えたと思ったら、あんなことになって。かよっている大学では酷い事件が起きているって言うし。世の中、何があるかわからないわね」
「せっかくの思い出話なのに、何だかすみませんでした」
いいのよ、と彼女は首を振った。
「そういえば、あの子のお父さん。ほら、パソコンの何て言ったかしら。私はあまり詳しくないけれど、すごいものを開発したとかで、一時期噂になっていたわ」
「それは僕も知っています」
「でもあれは違法な分類に入るらしいから、あの子もそういう父親を持って、色々と悩んでいたみたいね」
掘れば掘るだけ何でも出てくるもんだと小田は思った。
裏が取れたことに満足し、同時に自分の出番が終わりに近づいていることを実感した。
小田の目は虚しく泳いでいた。
ここにきて、秋本文子という女性のことを小田なりに分析してみた。
すべてを包み込む女性らしさというのか、母性愛に満ちた佇まいというのか、神秘的な魅力は年齢を重ねても衰えることがないのだと感心させられてしまう。
今回の事件の犯人にしても、女性のそういう部分をほかの誰よりも敏感に嗅ぎ取れたという点は、認めなくてはならない。
認めるが、許さない。犯罪は犯罪なのだ。
本来ならばここから先は警察側の領域になるのだが、秋本文子から得た情報と、『ディープ』から抽出したデータの仕分け作業は、自分のテリトリーで終わらせたいという野望があった。
「どうも、おじゃましました」
小田が深々と頭を下げると、彼女はにこやかに見送ってくれた。
行き届いた気配りが、クッキーというかたちで小田の手の中にあった。