2-1
「また飲み過ぎちゃった。あいた、痛……」
起き抜けのパジャマ姿のまま、花織はすっぴんの眉間に皺を寄せた。
テーブルに散らかった酎ハイの空き缶が、不快なアルコール臭を放っている。
「でこぴん」
空き缶のおでこを指ではじき飛ばし、空いたスペースに朝刊を広げた。
「あの新ドラって、今日から始まるんだっけ」
いつも通りにテレビ番組欄から目を通す。
キャンパスライフを有意義に過ごすために必要不可欠なことは、活字を読むことと、空気を読むことだと決めていた。
「乙女座のあなた、朗報あり?」
夕べの酔いが残ったままの目つきで、星座占いに睨みを利かせていたとき、絶妙なタイミングで携帯電話の着信音が鳴る。
「もしもし?」
さっそく朗報だったりして──。
「お姉さん、今日はどんな下着を穿いてるのかな?おっぱいのサイズは何カップ?」
電話の向こうからは、下劣な言葉が返ってきた。
変質者め──。
「まったく、こんな朝早くから何なのよ、優子」
「おはよう、花織。ほら、昨日のコンパのことだけど、花織だけ途中で帰っちゃったからさあ」
「だって、音大生っていうから期待してたのに、自分たちだけで盛り上がってたじゃん。女子をほったらかしなんだもん」
「花織が帰ってからもずっとあの調子だったんだから。あの温度差には参ったわ」
優子が呆れた吐息をつく。
「それで花織、どんな下着を穿いてるの?」
「うんとね、白のローライズ」
応えておいてから、何言わせんのよ、と声を上げる花織。
エッチネタが好きな優子とは対照的に、清純を絵に描いたような花織。
大学に入ったばかりの頃は、二人してなにかと浮かれていたのだが、三年生になってみるとさすがに『就活』の文字が遊び心にブレーキをかけはじめる。
とはいえ、合コンは別だと口をそろえては、コンスタントに異性の人脈を広げていった。
「ランチ、一緒にどう?花織りのおごりで」
「なんでそうなるのよお。こっちは金欠で大変なの」
「決まり。それじゃあ、いつものカフェで合流ね」
「あん、ちょっと、人の話を聞いてる?」
すでに通話の切れた携帯電話を恨めしくテーブルに置くと、花織はふたたび朝刊に視線を落とす。
そして、ある記事に目を留めた。
「大型商業施設内の女子トイレで強姦される。被害者の女性は保護されたが、通報してきた第一発見者の女性は……行方不明?」
不愉快な思いで最後まで読み終えると、「こんな事件ばっかり。ほんと、いい加減にうんざりする」と冷めたトーンでため息をつく。
カーテンを開けて朝日を室内に呼び込んでみたけれど、自分がまだパジャマ姿でいることに気づき、花織はすぐにカーテンを閉めきった。
女子トイレで女の子をおそうなんて、どうかしてる──。
忌まわしい事件を知った直後に着替えてみると、レイプされた女性と自分とが重なって、色気のないショーツでも不思議と卑猥に見えてくる。
一人暮らしをしているんだし、あたしもちゃんとしなきゃ──。
見下ろす乳房や太ももの肌色が気になり、やはり自分は女なんだと思い知った。
体中から分泌されているものは目に見えないけれど、それは確かに異性を惑わせる匂いを出している。
花織は髪の毛先で上唇をくすぐりながら、もやもやしたその香りのつづきを嗅いでいた。