幼児返りタイム 後編-1
それから龍にとって長かった五日が、ようやく過ぎた。
金曜日の夕食前、龍のケータイに真雪からメールが入った。
『今夜帰れなくなっちゃった。依頼の仕事が思ったより長くかかりそうなんだ。せっかく龍んちに泊まることにしてたのに、ごめんね。明日はなるべく早く帰ってくるから。』
龍はケータイを閉じて、むっとしたように荒々しくため息をついた。
「どうした? もう食べないのか? 龍」食卓に向かった母親のミカが言った。
「うん。あんまり食欲なくて」龍はテーブルに箸を置いた。
「どうした、元気ないな……というか、何か機嫌悪くないか? 龍」父親のケンジが怪訝そうに言った。
「今夜真雪が来るんだろ?」ミカがゆで卵を剥きながら言った。
「来られなくなったんだってさ」龍は吐き捨てるように言って立ち上がり、食器をキッチンにさっさと運んでいった。
ミカとケンジは顔を見合わせた。
龍は部屋で小さな箱を握りしめていた。その蓋に手を掛けたが、開けることなくそのままその箱をベッドの枕元に無造作に放り投げた。そしてごろんとベッドに仰向けになった。
「真雪……約束……してたのに……」
龍はつぶやき、うつ伏せになって枕に顔を埋めた。
「仕事が長くかかる? だいたいそんなとこに泊まってまでやる仕事って何なんだよ!」
龍は起き上がり、枕を鷲づかみにして、乱暴に床に投げつけた。
夜中、寝室でケンジと並んで寝ていたミカは、二階からビートのきいた音楽が流れてくるのに気づいて目を開けた。彼女はケンジを起こさないように気遣いながら、ガウンを肩からひっかけて二階への階段を上がった。そして龍の部屋のドアを少しだけ開けた。部屋には明かりが煌々とついていた。
「龍……?」ミカはドアの隙間から小さく声をかけた。
「なんだい? 母さん」
ミカはドアを開き、顔を龍のベッドに向けた。「なんだ、まだ起きてたのか。もう夜中の1時だぞ。早く寝ちまいな」
龍はスウェットのままベッドに仰向けで横になり、ケットも掛けず、両手を枕にして、足を組み、じっと天井を見つめていた。
「わかってる……」彼はミカの顔に目を向けることなく、無表情のままで言った。
「ほら、近所迷惑だ、音楽消して」
「わかったよ。わかったからもう出てってよ」龍はいらいらしたように言って、オーディオのリモコンを手に取り、スイッチを切った。
ミカはそれ以上何も言わずに階段を降りていった。