幼児返りタイム 前編-1
6月中旬。今にも雨が降り出しそうな空模様だった。
龍は恨めしそうに空を見上げて足を止めた。
「鬱陶しいなあ……。早く梅雨が明けてくれないかな……」
厚い雲のせいでいつもより極端に暗くなった町並みは、その梅雨空とは対照的にきらびやかな照明に浮かび上がり始めていた。
勤め先の新聞社からの帰路、彼はたたんだ傘を左手に持ち直して、オレンジ色の明るい光に満ちている一軒のアクセサリー店に入っていった。
「いらっしゃいませ」若い女性店員がにこやかな表情で龍に微笑みかけた。
海棠 龍。18歳。この4月に高校を出て地元の新聞社に記者として就職した。すでにあちこちの取材を経験し、カメラの腕の良さも評価され、編集長のお気に入りになっていた。
彼が中二の頃からの恋人で、すでに深い仲になっているシンプソン真雪は22歳。動物飼育の専門学校を出て現在は小さなペットショップに勤めている。彼女は動物介護士や犬訓練士など、動物に関する資格や免許を数多く取得していた。中でも家畜人工授精師の免許を持っていることで、近県の畜産研究所や酪農業者などからもたびたび声が掛かっていた。
真雪の家は町でも名高い『Simpson's Chocolate House』だ。現在のメインシェフのショコラティエは彼女の父ケネス・シンプソン。その妻マユミと龍の父親ケンジは双子の兄妹である。したがって龍と真雪はいとこ同士という関係だ。