I-5
「調査はどうされますか?もう夕方ですから、明日にでも」
申し出に吉岡は肯く。
「半日、汽車とバスの移動で身体は参ってるんですが、その前に、光太郎さんからの頼まれ事を済ませないと……」
そう答えた吉岡は、一杯に膨らんだリュックサックの口紐を解いた。
「これも頼まれたんです」
雛子に手渡されたのは、子供用の水着だった。
「男子用と女子用を大、中、小の寸法で四枚ずつ。締めてニ十四枚」
「そんなに沢山……」
「こりゃあ、大変な物じゃあ」
努めて二人から離れていた高坂も、意外な出来事に思わず会話に割って入る。吉岡も笑みを湛えて小さく肯いた。
「これだけの枚数を揃えるのに、光太郎さんはかなり、ご苦労なされたそうです」
「そうだったんですか……」
雛子は恥ずかしかった。兄は依頼を叶えようと動き回ってくれてたのを、返答が遅いからと疑っていたのだ。
「一枚、四百円だそうですよ」
「よ、四百円も!」
締めて九千六百円也。ほぼ、雛子の月給と同額だ。
「光太郎さんの伝言は、これを学校の備品として貸し与えてはどうかと言う事です」
「そ、そうですね……」
確かに、これ程の高額品なら、貸し出しにした方が子供逹も長く利用出来る。
「これで一つ目の役目を終えて、明日から身軽に動き回れる!」
学校の校長室に水着を運び終えた吉岡は、軽くなったリュックサックでおどけて見せた。
「これだけの為に、リュックサックを担いで来て下さったんか?」
高坂が訊いた。
「いえ、一番底に、着替えや検査用の機材を入れています」
「検査用の機材って?」
「水質を大まかに分析する機材と、試薬瓶を少々」
吉岡の説明に、雛子は俄然、興味を持った。
「水質って、地域によって違う物なんですか?」
「ええ。日本の殆どの水は軟水と呼ばれる物ですが、地域によっては硬水が出る場所もあります。温泉と同様に、含まれる成分は区々です」
「へぇー、そうなんですか」
「水質を分析する事で、河野さんが望む物の“栽培”に適しているかを判定します」
逆に見ると、栽培に適していないと判定されれば、雛子の計画は頓挫し、根本的変更を強いられる事となる。
「宜しくお願い致します!」
雛子の声に、切実さが漂う。
「まあ、気を楽に。駄目な場合も多々有りますから」
しかし吉岡の方は、学者が時折見せる冷淡さを表すと、
「ところで、重大な事を忘れていました」
話を切り変えた。