I-12
「へえ!魚の西京漬けみたい」
「同じだよ。こうすると、肉が四、五日は持つんだ」
言われてみれば、その通りである。これなら、買った日以外にも肉を食べる事が出来る。
雛子は豚肉の味噌漬けを分けて貰うと、次いでに作り方も教わった。
「どうも、有難う!」
「またおいで」
望み通りの買い物が出来た雛子の、家路を急ぐ足取りは軽い。
(これなら、喜んで貰えるはずだわ)
終戦から十年。東京でも、食肉の流通は随分と回復していたが、未々、庶民には高値の花であり、雛子自身、前に食べたのは何時以来だったか忘れた位である。
(これを食べて、鋭気を養って貰おう……)
帰宅すると直ぐに、夕飯作りを取り掛かった。
米袋は、鼠避けで台所の横木に吊してある。雛子は袋から三合取って研いだ。
研いだ後は、暫く水に浸す必要が有る。その間を利用して、卵入りの味噌汁に、トマトと胡瓜のサラダを拵(こしら)えた。
「よし、後はご飯と豚肉だけだ」
料理を前に雛子は頷いた。出来栄えに自信が有る様で、その顔は誇らし気だ。
こうして、全ての用意が整ったのは、村がすっかり黄昏れた頃だった。
「今晩は……」
やがて、作業を終えた吉岡が家を訪れた。
「いらっしゃいませ!」
「お言葉に甘えて、やって来ました」
頭を一つ下げ、恐縮した面持ちで玄関を潜った。
その姿は、朝方より随分と汚れが目立っていて、如何に作業が大変だったかを物語っていた。
「宜しかったら、先に汗を流しませんか?お風呂も沸いてますから」
雛子の申し出に、吉岡は難色を示す。
「お気遣いは有難いのですが、生憎、着替えは高坂さんの家でして……」
「でしたら、着る物をお貸ししますので、帰り着き次第、着替えられては?」
「着る物って……貴女の物を?」
「野良着です。暗いから判りませんよ」
何とかこの場を逃れたい吉岡だが、雛子の執拗な説得に、結局は折れてしまった。
「はあ、いい気持ちだ……」
あれ程嫌がっていたのに、お湯の心地よさに触れた吉岡は、何時の間にか身を委ねていた。
「こんなに良くしてもらってんだ……とりあえず、明日の用意をしとかなきゃ」
一頻り身体を解した吉岡は、 徐に湯船から上がった。
「吉岡さん、遅いなあ……」
座敷に置いた飯台には、蝿帳(はえちょう)が料理に被せてあった。
炊き上がったご飯も飯櫃に移し、お茶も沸かして準備万端整った。が、肝心の吉岡は、未だ姿を現さない。