I-11
「今日一日は村全体を回って、候補地を幾つか探します。その中から河野さんに選んでもらい、そこを調査するって事で如何です?」
願っても無い申し出だが、それだと予定の調査日数を越えてしまい、吉岡に迷惑を掛けてしまう。
雛子がそう言うと吉岡は「構いません。こんな事も有ろうかと、一週間休暇を取ってるんです」と、快く引き受けてくれた。
「では。夕方にでも、又伺います」
「あ、あの……」
話を終えて、出掛けようとする吉岡を雛子は止めた。
「未だ何か?」
「あの、調査費用の件ですが、どの位なんでしょうか?必ずお支払いしますが、余り高いと……」
「何だ、そんな事ですか」
吉岡は再び苦笑した。
「代金なんて、頂くつもりは有りませんよ!」
「えっ?」
「言ったでしょう。“僕は光太郎さんに可愛がられてる”って。これは、恩返しみたいな物ですから」
そう言葉を残し、校長室を後にする吉岡。雛子は慌てて、その背中に声を掛けた。
「夕方、私の家にいらして下さい!」
「えっ?」
「何も出来ないから、夕飯をご馳走させて下さい!」
吉岡はにっこりと笑うと、右手を軽く振りながら下足場へ向かった。
思わず、目頭が熱くなる──兄である光太郎に依頼した事により、父親、三朗から助力を受け、吉岡と言う強力な助っ人を得るに至った。
(自分は、何て幸せ者なんだろう……)
今は唯、この恵まれた状況を最大限に利用しよう──雛子はそう、心に言い聞かせた。
一日の授業を終え、子供逹を送り出した雛子は購買所を目指していた。
頑張ってくれている吉岡の為に、少しでも滋養の有る物をと考えての事である。
(黄鶏とか、有ればいいけど……)
購買所には冷蔵庫が無く、夏場は特に、入荷日以外に生物を扱う事は無い。だから殆どの家は鶏を飼い、川魚を猟る事で、動物性蛋白質を補っていた。
元来が、孤立した寒村なので自給自足の精神が成り立っている。故に流通は、大幅に遅れているのだ。
「こんにちは!」
入荷日でない購買所は客足も少ない。雛子の姿に、此処を切り盛りする中年女の主が、意外と言う顔をした。
「おや、珍しいね。二日続けてなんて」
「お客さんが見えるので、ご馳走をと思って」
「だったら、良い物が有るよ!」
主はそう言うと、奥から皿に盛った何かを持って現れた。
「昨日、試しに作ったんだ」
大皿に盛ってあるのは、味噌だった。
「味噌……ですか?」
「違うよ。豚肉の味噌漬けさ」
盛った味噌の間にガーゼが挟んである。主がそれを引き抜くと、ガーゼ包まれた豚肉が顔を見せた。