I-10
翌朝。
雛子は、何時もの様に自宅を出た。
朝の日射しは、既に村の半分以上を覆いつくす。坂を降りて行って一本道に出た傍は、大の家の田圃だ。
田植え直後は一面、泥色が広がっていたのに、今は萌黄色に染まっている。もう暫くすると、稲穂が顔を出すだろう。
一本道を右に百メートル程歩いて行くと、右手に山へと続く道がある。道の途中が小学校だ。
「今日も、暑くなりそうね」
雛子は仰ぎ見た。曇一つ無い空は、薄くけぶっている。山々に囲まれた美和野村は、朝晩の冷え込みに反して、昼間はかなり暑い。典型的な盆地気候だ。
「あら?」
校舎を経て、校庭に出た所で雛子は、おかしな光景に出会した。鶏小屋の中に、高坂と吉岡の姿を見たのだ。
「おはようございます!」
鶏小屋に駆け寄った。吉岡を泊めている手前、今朝は来れないと思っていた。
その辺りを訊くと、
「彼は、朝五時にゃ大学の畑や田圃に出向いて、育成状況を逐一観察しとるそうですわ。
じゃから、今日も“一宿一飯の恩義”やから手伝う言うて、 利かんのですわ」
高坂は、笑いながらそう答えた。
吉岡の方は、酷く謙遜した様子だ。
「いえ。長い事、それで生活してるんで、寝てられ無いんですよ」
「そうなんですか」
「短い間ですが、邪魔させて下さい!」
狭い鶏小屋に、三人の笑い声が挙がった。
掃除を終えて、何時もは高坂と子供逹を出迎える雛子だが、今日は吉岡を携えて校長室へと向かっていた。
「これが、美和野村の地図です……」
雛子は写し書きした地図を広げ、選定した場所を指差した。
「調査して頂きたい場所は、此処と此処なんです」
「どれどれ……」
具体的な場所を知り、吉岡は地図を食い入る様に見詰める。何かを読み取ろうとする様は、学者然としていた。
「──現場を視ないと何とも言えませんが」
徐に、吉岡が口を開いた。
「このニ箇所を選定されたのは?」
「わ、私です」
選定した経緯を話す雛子。“計画”を早めたいのだと付け加るのを忘れない。
「なるほどねえ……」
話を聞いて吉岡は苦笑する。 善かれと思って行った事が、浅計なのは往々にして有る事だ。
「──じゃあ、こうしましょう!」
暫く熟考を重ねた後、吉岡は調査作業を全面的に見直すと言い出した。