『SWING UP!!』第16話-17
「ストライク!!」
その体の柔らかさと、全身の隅々まで行き渡っている感覚神経の賜物である。打者としては“蒟蒻”のような弾力と柔らかさを持つ葵は、投手としても鮮やかなほどに“しなやか”であった。
「………」
しかし、今日の葵はそれだけではなかった。
「!」
三球目に、外角の低めいっぱいに要求されたストレート。
スパァン!
「おおっ!」
「ストライク!!! バッターアウト!!! チェンジ!」
角度とコントロールが投手としての生命線であり特徴であったはずの葵の、思っても見ない球威のある“快速球”に、東尋は全く手が出なかった。
「あのピッチャー、あんなに力のある球も投げられたのか!」
“軟投派の変則投手”という評価を、撤回したくなるほどの“快速球”である。左の下手投げでありながら、あれだけ勢いのある球を投げられたとあっては、わずかの打席で見極めようというのは、至難そのものだ。
「水野、ナイスピッチだ!」
「よくやった!」
相手を見逃しの三振に仕留めたその一球は、間違いなく、勝ち越されたはずの味方ベンチに活況を呼んでいた。
「葵、よく抑えたね」
相手にほぼ行き渡りかけていた試合の流れを、もう一度引き戻してくれる、そんな一球…。それは、この試合にかける思いを、チーム全体として受け止めた葵の“気迫”が生み出したものだと、誠治にはわかっていた。
「……わたしも」
「ん?」
「わたしも、勝ちたいから……この、チームで……」
「ふふ。そうだね」
何処かクールだった誠治に“熱気”が宿り、孤独だった葵に“連帯”が加わった。それは、仁仙大学にとっての“新しい力”といってよいものだ。
「よっしゃ、塁を詰めて、水野に回すからな!」
先頭打者の佐々木が、打席に向かう。隠れ熱血漢の彼は、どこか冷徹な様子のある葵のことを苦手としていたが、このところの彼女の変化もよくわかっており、それが葵を信頼する言葉に繋がっていた。
実際、葵はこの試合で3打数3安打の好成績を残している。誠治は初回の2点本塁打を放ってはいるが、より慎重になった相手の配球によって、以降の打席は、四球と、痛烈な当たりのショートライナーという結果になっていた。
誠治の脇を固める中軸の、3番の六文銭と、5番の二階堂は、犠打こそあれど、快打はない。その意味では、この試合で一番勝負強く、結果も残しているのは、葵なのである。
「ファウル!!」
早々と追い込まれながら、必死に食らいついて、佐々木は粘っている。
「フォアボール!」
そして、大振りが目立っていた今までのスイングなら、止まらなかったであろう外角のボール球を、この打席に関してはバットを短く持つようにしていた彼は辛うじて見極めることができた。
続く8番は、阿藤である。能面に対して有効であるという“左打者”の彼は、しかし、この試合ではいずれも凡打に終わっている。
ただし、空振りがないのも事実であった。
「アウト!」
空振りがない、ということは、ボールはしっかりと見えているということである。“まずは1点”というベンチワークに応え、送りバントをしっかりと決めて、佐々木を二塁に進める仕事をこなしてみせた。
マウンドを譲り、葵と入れ替わる形で右翼に入っている9番の福原が打席に立った。地力のある彼は、打者としての能力も平均以上に持っている。
「アウト!!」
高いバウンドのゴロを飛ばして、走者を三塁に進める最低限の打撃をみせた。
下位打線が何とか奮起して、二死ながらも三塁に走者を置いて、上位に打順を回した。この、“粘り”もまた、昨年には見られなかった傾向である。
「フォアボール!!」
1番の迫田は、フルカウントの末に、決死の思いで四球を選んだ。これもまた、“水野に繋ぐ”という意識の表れが生み出した出塁であった。
「………」
走者一・三塁で、葵に打席が廻ってきた。“敬遠”によって、守りやすいように“満塁”にするケースも考えられるが、2点差であることと、クリーンアップに廻る打線を考えれば、判断が難しいところである。
「………」
バッテリーの迷いが、葵にははっきりとわかった。だから葵は、狙っていた。