赤い口紅を引いた恋人-5
遠くから加奈のすすり泣く声が聞こえる。
当たり前だ。むしろ、この状況で泣かない女のほうが珍しい。
ただ、出来れば俺の目の前で泣いてくれたなら、
少しくらいは俺の罪悪感も晴れただろうに──なんて思う俺は最低だろうか。
十分、いや十五分くらい経っただろうか?
カチャリという音とともに、小さな足音が俺に近寄ってくるのがわかった。
神妙な顔でうつむいた俺の前で加奈が立ち止まる。
刺されるかな?なんて冗談めいたことを考えるも、
それもまたアリかもしれないと心のどこかで笑ってしまう。
「…………龍二さん」
「うん?」
「……お、お母さんって綺麗……ですよね?」
「あ、ああ……」
「綺麗で格好良くて…… わたし、お母さんのことが大好きなんです」
「……そっか」
震える加奈の声が俺の胸に刺さる。
鋭利な刃物なんかよりも鋭くて、母への想いが痛いほど伝わる。
俺と奈美子が関係を持ったのはもう十数年も昔の話で、
いまさら責められる義理もなければやましさもないのだけれど……
恐くて顔が上げられない。
「龍二さんは……お母さんのことどう思ってますか?」
「ど、どうって……」
「……好きですか?」
「…………いっただろ?過去の話だよ…… それに……」
「それに?」
「お前にも言ってない言葉を…… そう易々とは言えない……」
「……もうっ どこまでも優しい人ですね」
涙声の加奈。別にこんな時に喜ばそうなんて思っていない。
ただ、あまりに直球な加奈の言葉に、俺ももう直球でしか返せなくなっているだけだ。
「龍二さん…… 私、龍二さんが大好きです。でもっ でも、だからっ!」
「…………加奈」
俺は最後の言葉くらいしっかりと目を見て受け止めようと、ゆっくりと顔を上げた。
すると、そこには……
「でもっ でも、だからっ! …………ま、負けたくないんです!」
そこには赤い口紅を引いた加奈が、
瞳に大粒の涙を溜めながらも気丈に微笑みかけていた。