赤い口紅を引いた恋人-4
「…………お母……さん?」
受け止めきれぬ現実に呆然とする加奈。
俺はそっと加奈の肩を抱くと、まるで懺悔でもするように、
ゆっくりと奈美子との関係を吐露していった。
先日加奈の家で十数年ぶりに会ったこと、そのあと二人で会ったこと、
同じ高校で出会っていたこと、そして──黒の他人だったこと。
嘘偽りない事実。
強いて言えば奈美子の立場を守るため、出会った頃の互いの年齢は伏せて話たが、
こう見えて加奈は頭のいい子だ、
その気になればそれが不倫だったことくらいすぐに気がつくだろう。
気丈にも黙って俺の言葉を最後まで聞いていた加奈。
泣くこともなく、怒りにまかせて暴言を吐くこともなかった。
「いいわけなんてしないよ。過去を変えることなんて出来ないんだからな。でもな……加奈、ひとつだけわかって欲しいことがあるんだ」
本当はみっともなくいいわけしたい気持ちでいっぱいだ。
ただ歳を重ねただけで、物わかりのいい大人になんてなったつもりなどないのだから。
けれど、言ってしまった以上、これはもう俺だけの問題じゃないんだ。
下手ないいわけをしたら加奈と奈美子、つまり母娘の関係性を壊しかねない。
悲しいかな私情だけですべてを無茶苦茶に出来るほど──子供にもなりきれなかった。
「知らなかったから許されるとは思っていない…… でもっ 俺はおまえを…… 加奈をアイツと重ねたことなど一度も無いよ」
言葉に嘘はない。出会った頃はもちろんのこと、
加奈が奈美子の娘だと知ったあとも俺は、不思議と二人を比べることはなかった。
そんなの当たり前だと言われたらそれまで。
これ以上はもう何も言えない。
うつむいたまま黙って唇を噛みしめる加奈。
泣けばいいのに、怒ればいいのに、
ひとまわりも年下のクセに、なんで加奈はこんなにも俺より大人なんだろう。
「……す、少しだけ時間をください」
そう言うや洗面所へと駈け出す加奈。
俺は黙ったままその背中を見送ると、ベッドに登りひとりあぐらを掻いて座った。