『冬に至るまで』-1
僕がその電話に出たのは、午後三時を少し回っていた頃だったと思う。
電話の響き方が不気味に優しげで、嫌な予感をさせた。
「早くこっちへ来て。」
声の主は、病院にいる母親だった。
僕はジャンパーを羽織って家の鍵を閉めると、自転車に跨って病院へと向かった。
その日は部活がなく、いつもより早く家に帰って来ていた。
堅苦しい制服を脱ぎ捨て、一眠りしようとしていた矢先、例の電話はかかってきたのだ。
母親の声で、父親が今どういう状態なのかは容易に想像がついた。
「寒い。」
自転車をこぎながら呟いた。
まだ11月だというのに、風が異常に冷たく、真冬並だった。
(今年の冬は、ダッフルが必需品かな)
などと、父親が死にそうだというのに低次元なことを考えていた。
家を出てから30分くらいの所に病院はあった。
僕は父親のいる病室を看護婦に聞き、そこへと向かった。
父親は、病状の酷くなった一週間前から重病病室に移っていたのだが、その中を看護婦達がひっきりなしに行き来していた。
僕がドアを開けようとすると、突然扉が開き、眼鏡をかけた医者が出てきた。
目が合うと、申し訳なさそうに頭を下げた。
僕も反射的に頭を下げた。
中は、テレビドラマのような世界が展開されていた。
母親は父親の寝ているベッドの横で、元々あまり顔色のよくないそれを更に青白くさせ、呆然と立ち尽くしていた。
一方妹は、顔を手で覆い、小刻みに震えていた。
「遼一。」
母親は僕を見上げ、力なく口を開いた。
「ほら、お父さんを見てごらん。」
僕は言われたとおり母の隣に立ち、白い布をめくった。
父親はメチャクチャ痩せていたが、まるで眠っているかのようだった。
「触ってごらん。」
言われるまま、僕はその顔に手を当てた。
まだ、温かかった。
そして、そのぬくもりが何故か、僕に父の死の事実を確認させた。
「眠っているようでしょう・・・」
母の言葉に、僕は頷いた。頷かない訳にはいかないような気がしたのだ。
「まるで眠っているかのように・・・眠っているように・・・ねむって・・・」
母は、何度も同じ事を繰り返していると思いきや突然、父の首にかじりつくように泣き出した。
「お兄ちゃん・・・。」
「なんだよ。」
話しかけてきた妹に、僕はつっけんどんに返した。母の姿に、憤りを感じていたせいだった。