『冬に至るまで』-7
「俺はなんて馬鹿なんだ。」
何もしてやれなかった。
何一つ、親孝行していない。
あんなに一緒に遊んでくれたのに。
あんなに一生懸命家族のために働いてくれていたのに。
何でもっと早く父親の体の調子の悪いことに気付いてやれなかったんだろう。
何でもっと一緒にいなかったのだろう。
大きくなって稼いだら、なんでもしてやれるつもりだった。
酒を一緒に酌み交わしたり、温泉旅行をプレゼントしたり。嫁さん紹介して、孫も抱かせてやるつもりだったのに。
・・・なのに、もう何もできないんだ。
「お父さん・・・ごめんな」
僕は、父を失ったのだ。
とても大切な・・・大切な何かを、確かに自分は亡くしてしまった。
僕は、父が死んでから初めて父のことを想い、ただ涙を流した。
※
「ぐっともーにんぐ、えぶりばでぃ!」
久しぶりに部活に元気良く登場した僕に、部員は
「お、解脱しましたか?」
なんて際どい感じのジョークで返してくれた。
我がジャズオーケストラ部は9月にコンクールで2位という成績を残しており、僕がボーっとサボっている間に、今度は2月末日にあるもう一つ大きいコンクールに向けて音作りに励んでいた。
もちろんサボっていた僕は、遅れを取り戻すのに必死にならねばならなかった。
コンクールまで1ヶ月ちょい、僕がオロオロしていると
「馬鹿の考え休むに似たり、というでしょ。とにかく手を動かしなさいよ、ほら練習、練習」
と言いながら、弥永がシャーペンをプスプスと制服に刺してきた。
こういう弥永を見ると、屋上で見た彼女とは別人なんじゃないかって思える。
とりあえず、僕は必死に練習を始めた。
30人程度のこの部活は、結構大所帯のようにも思えるが、サックスやトランペット、トロンボーン以外にもギターやピアノなどがあるから、メンバーはギリギリだった。
部長の僕がしっかりしていなかったせいで、賞を逃したとなれば一大事だ。
OBに何を言われるか分かったものではない。
「弥永、次の譜、ここの速さどうするんだっけ?」
楽譜の書き込みを写させてもらおうと弥永を見ると、パートの後輩と雑談していた。
「余裕だな」
嫌味を言ってやると
「私?私は明日が本番でも全然OK。伊澤君もバッチリだし。」
ショーットカットの髪をかきあげながら弥永は、任せて、と自信ありげに笑った。
鍵盤パートはかなりできあがっているらしい。
伊澤とは1年の男子で、弥永と一緒に鍵盤類を担当している。