『冬に至るまで』-6
「シロって名前。物心ついてからずっと一緒で、ホント兄弟みたいに思っていた。一緒に寝ていたし、泣く時はシロにしがみついて泣いた。・・・けど犬だから、年を取るのも早かった。私が、中2の時には、老衰しちゃってヨボヨボになってた。このまま、シロは私が見取るって思っていた。どんなになってもシロの一番の友達は私だからって。なのに、シロはある時、突然いなくなった。」
僕は息を呑んだ。
「すごく探した。あんなよぼよぼでいなくなったら、死んでしまうってことは分かっていた。……1週間後、シロが死体でうちに戻ってきた。車に轢かれて死んでたんだった。その時、私は悲しめなかった。」
弥永はふぅと溜息をついた。
「それがシロってことは分かった。首輪していたし、傷の痕もあった。けど、なんか実感湧かなくて・・・・・・何にも感じなくて、お腹は減るし、学校は行かなきゃならないし、シロがいなくても普通に生活は回っていっちゃうしさ。」
弥永が視線を落とした。
泣いているのかと思って焦ると、しっかりした声で、
「随分経ってからだよ・・・ちゃんと認められたのは。」
そう言うと黙りこくった。
僕は彼女の方を見られなかった。
何て言って良いのか、彼女の話から何を感じていいのか、こみ上げて来るものは確かにあったが、それが何なのか分からなかった。
そしてそれは、蓋をした方が良い感情な気がした。
沈黙が2人の間に立ち込めた。
ふいに、弥永はフェンスからエイっと体を起こすと
「多分、遼、何も思ってないわけじゃないと思う。」
優しく笑った。
こいつ、こんな顔もできるんだ、と思うような微笑だった。
「遼の気持ちは分からない。私は遼じゃないから。ただ、遼が元気がないのは分かる。そしてそれはお父さんが亡くなってからだ。」
その通りだった。
「遼。先生にはごまかしとくから、今日はもういいよ。そこでしばらく寝てなさい。」
僕が何も言えないのを慮って、弥永はそう命令すると、階段を駆け下りて行った。
僕は一人、残された。
そして命令通り、寝転がって、空を見上げた。
風が強いのか、雲が次々と流されては、空の景色を変えていく。
思うのは父の事だった。
やっぱりこんな風に寝転がって、父と2人で空を見上げたことがあった。
随分昔。
まだ、ちっちゃい頃。
キャッチボールを散々した後、疲れきって2人並んで、原っぱにポンと体を預けたものだった。
突然、父の顔が浮かんだ。
多分、死んでから初めて。
中学に入った頃からだろうか、僕は父親を疎ましく思うようになっていた。
仕事だと言っては家を開け、たまに帰ってくるかと思えばテレビを見ながら寝そべっていた。
そんな父親に反発して段々しゃべらなくなった。
けど・・・
「お父さん」
口に出したら涙が止まらなくなった。