『冬に至るまで』-5
「話を戻させていただきますけどね」
弥永は、ちょっともったいぶったようにゆっくりと口を開いた。
「遼。あなた部長がしっかりしないと、部がだらけてしまうでしょ。」
(容赦ない女。父親が死んで傷心な俺にそれを言う?)
・・・なんて一瞬思ってしまって、父親が死んだことに一番こだわっているのは弥永や部員じゃなくて自分自身なんだって気付いた。
弥永は、どこからか拾ってきた輪ゴムをユビ鉄砲にすると、僕の眉間を狙って脅した。
「分かっている。」
僕はどうにかそれだけ言うと、ベースを手にとって部室に戻った。
2ヶ月も経つと母親はすっかり元気になり、いつもと変らぬ生活を送っていた。
妹も同様だった。
初めての3人だけの正月も、何か寂しさを感じはしているものの、それなりに母も妹も順応しているようだった。
しかしそれと反比例するように、僕の気力はなくなっていった。
まるで僕のエネルギーを2人が吸い取ったかのようだった。
「遼一、大丈夫?お父さんに引き続いてあなたまで、なんてことになったら洒落にならないわ。」
母親はそう心配そうに言ったが、ちょっと疲れているだけだよ、と答えることしかできなかった。
そしてまた学校が始まり、今日も僕は、屋上の隅っこで弁当を食う。
屋上から見える街並みが好きだった。
灰色の空、グランド、そこから聞こえてくる野太い声、遠くに見える家々。
そういうのを見ていると、何年か前にここから飛び降りた人の気持ちが解るような気がした。
が、1月にもなるとさすがに寒かった。
(ダッフル新しいの買って正解だな。今年の冬は冷える。)
そんなことを思いながら、校門をくぐっていく奴等の頭を見下ろした。
土曜にもなるとみんな遊びに行くのか、足取りが軽そうに見える。
(俺も今日は家帰って、寝っかな)
思った瞬間、鞄を蹴飛ばされた。
例によって弥永だった。
「楽しい部活のお時間ですことよ。部長さん。」
おどけながら、座っている僕の手を引っ張る。
「あのさ」
僕は、待ってくれ、という目で弥永を見、弥永はそれにきょとんとした目で応えると、手を離した。
「肉親が死んで、何も思わないってさ、変かな」
思い切って言うと
「・・・・・・そんなこと、ないと思うよ。」
少し考えたように目を泳がせながら、弥永は言った。
「そんな犬の話と一緒にしないでくれって遼は言うかもしれないけど・・・、私、昔犬を亡くした時、そうだった。」
弥永はそっとフェンスにもたれ掛かりながら、ゆっくりと話し始めた。