『冬に至るまで』-11
僕は、伊澤が小柄な江頭に押し倒されている場面を想像してハハハと笑った。伊澤、あいつ、調子に乗ったから、本当に押し倒されてしまったというわけだ。
「エガちゃんが伊澤君を好きなのは知っていたけど、いきなりあれはねェ・・・」
今ごろ、伊澤がどうなっているのかなぁと考えるだけで僕は可笑しかった。
「諸悪の根源が呑気に笑ってるんじゃないわよ。」
そう言った弥永も笑っていた。
「笑ってるってことは、弥永、伊澤の事好きなわけじゃないんだな。」
ぼそりと独り言を言ったつもりだったが、弥永は地獄耳で聞き逃さなかった。
「はぁ?ホント遼は人見る目ないね。ってか鈍感?」
それはどういう意味だよ、と突っ込もうとした瞬間、
「あ、そう言えば〜」
ノーテンキな弥永の声に遮られた。
「今度は新入生歓迎の曲決めなきゃって先生が言ってたわよ。部長、最後のお仕事ですよ。」
「あぁ。」
部長と呼ばれる割には、僕はホントみんなに頼ってなにもしていなかった。
弥永や伊澤や江頭達が優しいのをいいことに、自分だけ父親を亡くしたと被害者ぶって、サボった。
「最後はきちんと部長らしいとこを見せますかね」
感謝の気持ちを込めて、僕は隣にいる弥永の手をギュっと握った。
「ご協力、よろしくお願いします、副部長。」
「ん。」
下を向いた弥永は、耳まで真っ赤になっていた。
あまりに可愛かった。だから、言ってしまった。
「・・・傍にいてください。できればずっと。」
カキーンと校庭で野球がバットに当たった音がした。
木々が蕾をつけ始め、春はもう、目の前だった。
(終)