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シテはいけないことをスルということ
【その他 官能小説】

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『嘘つきは凌辱のはじまり』-1

「あん、お兄ちゃん、そこは、だめだったら……」

 と、ここでダメ出しをもらう。

「もっと、こう、なんて言うのかなあ。感情を込めて欲しいんだよねっ」

「はい。もう一回、お願いします」

 台本を手に、私は意気込んだ。
 と言っても、ほとんどアドリブだけで進行していく内容なのだ。

 さておき、目の前のマイクに向かって、私はありったけの気持ちを吹きかける。

「あっあん……お兄ちゃあん……そこは……あう……だめだよ……うん……」

 台詞を終えて、ため息を一つ。
 そして相手の顔色を窺う。

「うん、さっきよりは良くなったけど、もっともっと良くなる素質はあると思うんだけどねっ」

 まあいいや、と彼は苦笑した。

 アライグマみたいに垂れ目で愛嬌はあるけれど、中身は中年のエロおやじである。

 こうやってアルバイトができるのも、彼が採用してくれたおかげなわけで、悪口は、ぐっと、ぐぐうっと、胸に仕舞っておくことにする。

「次のシーンにいってみようか。ヴァージンの妹が、兄との初体験に萌えていく、いちばん要のシーンだからねっ」

 言うのと同時に、ヘッドホンをつけたアライグマが、ぱちんと指をスナップさせる。

 目の前の液晶画面に、美少女キャラクターのアニメーションが映し出された。
 可もなく不可もなく、といった描写に、私は半笑いする。

 こんなの、あたしにだって描けそう──。

 思いながらも、本音は顔には出さない。

 なるべく悩ましげに、しかし初々しさを忘れず、口の中いっぱいに甘い感情を溜め込んで、一気に吐き出すように──。

「お兄ちゃん……」





 休憩室にて水分補給をしながら、くたくたの体を労う私。

 思ったよりも大変だなと感じたのは、このアルバイトを始めて三週目ぐらいのことだった。
 会社勤めのあとのアルバイトなので、眠気もある。

 台詞をしゃべれば注文の嵐。
 この手の声色は、意識して出そうとしても、なかなかつくれないものだと思い知った。

 声優の仕事──そんな夢を抱いていたのはいつだったか、今では普通に安定した会社員に落ち着いている。

 私の会社は副業を認めていない。
 よその企業だって、そのスタンスはおなじだと思う。

 魔が差した──というかなんというか、ちょっぴり自由になるお金が欲しくて、ちょっぴりエッチなアルバイトをはじめてしまった。

「オーケー。君を採用してあげるよっ」

 ろくに素性も訊かず、いくつかの質問に受け答えをしただけで、彼は私にそう言ったのだった。
 狭き門だと思っていただけに、私はどこか肩透かしをされたような気分だった。

 カツラギアキラ──それが彼の名前だ。

 これまでに数多くの声優の卵を育て上げ、ゲームソフトの売り上げにも貢献してきたのだと、高笑いをしていたときの彼を思い出す。

 正直、あんまり思い出したくはないけれど、この休憩が終われば、嫌でも顔を合わさなければならない。

 このご時世に需要を伸ばしているのは、やっぱりアダルト系のビジネスぐらいなのだろう。
 私のほかにも、数人の女の子をアルバイトとして雇っているようだった。

 彼女たちは主に昼間の時間帯にスタジオに入ることが多く、夜のこんな時間にエッチなアフレコをしているのは、おそらく私だけ。

「よろしく」

 アシスタントの人がそれだけ言って消える。
 アキラ氏からの呼び出しがかかったようなので、私は急いでスタジオに舞い戻った。

 疲れた顔なんて、してらんない──。

 スタジオに入るなり、まったく身に覚えのない指示が飛んできた。

「そこに衣装があるから、好きなやつに着替えてねっ」

 相変わらず彼の言葉尻には、ひと癖もふた癖もある。

「好きな衣装と言われても……」

「君、何歳だっけ?」

「二十四です」

「だったら、女子高生のブレザーはアウトか」

 放っといてください──。

「それじゃあさ、洋菓子店の制服にしようか。甘い感じのやつ。そうそう、洋菓子だけにねっ」

 勝手にしゃべって、勝手に吹き出している彼。
 おめでたい人だと私は思った。

 それにしても、コスチュームプレイの話なんて私は聞いていない。

 でも可愛いな、この制服──。

 控え室で着替えを済ませると、私はそそくさと定位置に立つ。

 案外、悪くないじゃん──。

 衣装をチェンジすれば雰囲気が出るだろうというのが、彼の思惑らしい。

 似合っているという意味で、隣室の彼が親指を立てる。
 恐縮する私。

 このスタジオと、カツラギアキラのいる部屋とは、防音ガラス一枚で仕切られている。
 向こうには、ごちゃごちゃした機材がたくさんあって、中には電源すら入っていない機材まである始末。

「アニメーション、差し替えるからねっ」

「はい、お願いします」

 私はかるく発声練習をした。
 そして自分の身なりをあらためて確認する。

 ロリータ色の強いメイド服っぽい上下一式に、なぜか頭には猫耳のアクセサリー。
 しかもこのスカート、訳ありだと言わんばかりの丈の短さときてる。

 脚がスウスウするんですけど──。


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