第五話-2
母さんは病院に搬送されたからともかく。
問題はやはり、優紀とハーモニーちゃんだ。
「……車で逃げたかどうかすらわからないって言ってたよな」
「はい……逃げ走る姿しか、見てなくて……見ているだけしか、できなくて……」
ふるふると観音は体を震わしていた。
それは何もできなかった自分を責めているからか。
あるいはその時の、母さんが暴行され優紀たちが誘拐された現場にいたが故の恐怖からか。
「警察は?まだ来てないってことはないだろ?」
「はい……事情聴取、をされたのですけれど、その、よく覚えていなくて……」
「そっか」
辺りを見回してみるが、パトカーも警官も見当たらない。
まさか一時間足らずで引き下がった、なんてことはないだろうけど。
遊園地も封鎖まではされていないし……。
しかし困惑やら当惑していたとはいえ、観音の記憶には曖昧な点が多いな。
「観音。犯人はどっちに逃げていった?」
「あ、あっちのほうですけど……」
言って。
観音は、遊園地の目の前にある建物を指差した。
「…………」
市立図書館。
この町に誇れるものがあるとすれば、これだけだろうという大きな図書館。
「あの中に逃げ込んだのか?」
「は、はい……」
観音の瞳を真っ直ぐに見つめる。
逸らされた。
「魁さま……?」
携帯電話を弄りはじめた俺を見て、観音が怪訝そうな顔をする。
『もしもしダーリン?大丈夫?』
そんな観音を横目に、俺は電話の相手へ言った。
「悪いな、傍芽。昼飯は俺の分だけじゃ足りないみたいだから、他に四人分作っといてくれ」
***
三階建てで、一般公開されているのは二階までの市立図書館。
その二階。
「どういうつもりだ?」
そこにいた相手に、いつものように問いかける。
「何がですか?」
「しらばっくれんなよ。どんな意図があって、この狂言誘拐を計画したんだ?」
狂言誘拐。
そう。今回の誘拐騒動は嘘だ。
母さんは暴行なんてされていないし、優紀とハーモニーちゃんも連れ去られてなんていない。
「観音の演技は中々上手かったがな。設定が曖昧過ぎるせいで死んでたぜ。お前が考えたのか?優紀」
優紀。
そう。お気付きかもしれないが、目の前にいるのは優紀である。
優紀はソファに腰をかけ、その膝ではハーモニーちゃんがすやすやと眠っていた。