第二話-4
不意に。
そいつは俺に抱きついてきた。
「久しぶり!愛しのダーリン♪」
六郷傍芽(ろくごう・はため)。
たしか今年二十歳になるはずの、俺の元彼女である。
ごく短い期間ではあったが、付き合っていたことに変わりはない。
物語としては新キャラでも、俺にしてみれば旧キャラだ。
「さて」
元彼女は俺を解放する。
「ついにこの時がやってきた」
「よく元彼の家に堂々と来れたな」
「ん?『別れても友達でいよう』って言ったのは魁じゃん?」
「そうだけど……」
こいつと付き合っていたのは俺が中学生の頃で、別れたのも中学生の頃。
正確に言えば三年も前になる。
別れてからずっと音沙汰がなかったというのに、今さら何をしに来たのか。
「『俺が十八になったら結婚してやる』って言ってくれたでしょ?だからほら。婚姻届持ってきたの」
「…………」
絶句するとはこのことか。言葉も出ない。
「傍芽だけにはた迷惑だ」
「あんまり上手くないよ?」
「ほっとけ。それより傍芽。ひとつ、いや、みっつ言わせてくれ」
「何々?」
すごく瞳をキラキラと輝かせてくる。
プロポーズされるとでも思っているのか。
あるいは『小田原』の印鑑を貰えるとでも思っているのか。
「まず。俺の誕生日は明日だ」
「あれ?今日じゃなかった?孫悟空で覚えてたんだけどなぁ?」
「悟空じゃなくて悟天だ」
語呂合わせの話だ。
「なによりふたつ目。俺が十八になるのは来年だ」
「テヘペロ♪」
いくら元彼女だからって、いくら顔が可愛いからって、いくら胸が大きいからって、そんなどこぞの声優が広めた言葉を使われたって甘やかさないぞ。
「みっつ目は?」
「ああ。よく聞け傍芽。俺がお前に結婚してやるって言ったのは中学の頃だ。そんなガキの戯言を鵜呑みにするな」
「鵜呑みにするよ。だって、幸せにしてくれるんでしょ?」
「う……」
どこかで聞いたセリフ。
それを言われると弱い。
でも今の俺には優紀という彼女がいるわけで。
「うん〜?動物の匂いに混じって、微かに女の人の匂いがするような?」
犬かお前はっ!
彼女は香水を付けているわけでもないのに、どうしてそんなことがわかる。