無形の愛<加奈の事情>-4
「は、はいっ もしもし?」
声を裏返しながら慌ててその電話に出る私。
「うす、俺だ!電話……大丈夫だったか?」
聞き覚えのある落ち着いた低い声。
「だ、大丈夫ですっ!ど、ど、どうしたんですかっ 急に?」
それに反して私はと言うと、必要以上に緊張して恥ずかしいくらい噛み噛みだった。
「ん?いや、声が聞きたかったから……」
「え?あ、あはは、そうなんですか?」
私があんなにも悩んでいたのが馬鹿みたいなくらい、
やけにあっさりとそんなことを言ってのける龍二さん。
悔しい、けど、すごく嬉しい。
「飯、もう食ったよな?」
「え?い、いえ、今日はまだ……」
「なんだ、帰り遅かったのか?」
「そ、そういうわけじゃないですけど……」
言えない。仕事は定時に終え、帰ってからずっとあなたを想ってオナニしてましただなんて……
「まぁいいや、まだならどっか食いに行くか?臨時収入あったんだ、奢ってやるよ!」
「ほ、ホントですかっ 行く!行きます!」
私は電話を切ると、急いでシャワーを浴びて準備をした。
ご飯を奢ってもらえるから……なんて理由じゃもちろんない。
むしろご飯なんてなんだっていいのだ。
なんなら私が材料買って作りに行ってもいいくらいだ。
(どうしようかな…… 着替え持っていこうかな?)
龍二さんはいつも私を何も考えていない天然娘だなんて言うけれど、
私だってこれでも色々考えているのだ。
食事して、軽く飲んだりしたらそのまま龍二さんの部屋に雪崩れ込んじゃうだろうし、
そうなるとやっぱり……でも、明日は仕事だからと帰らされるのは寂しいから……
邪な想像であれこれ悩んでいると、ふと龍二さんからメールが届いた。
──今日は加奈の家泊まってくから着替え持って来なくていいぞ?
思わず監視カメラでもあるんじゃないかと周りを見回してしまった。
結局の所、私がどんなに考え込んでも無駄みたい。
いつだって私は、あの大きな手の平で転がされているのだ。
私は軽く化粧をすませると、足早に部屋を出て待ち合わせ場所へと急いだ。
会った瞬間に抱きついたら驚くだろうか?
いきなりキスをして大好きなんて言ったらどんな顔をするだろうか?
頭の中がいっそう龍二さんのことでいっぱいになる。
私は龍二さんが大好きだ。間違い無く恋心を抱いている。
でも、恋人同士になれないのは片想いだから?
両想いなら恋人になれるの?
なんて──やっぱり形なんて今はいらない。
だってきっと形があれば今度は、壊れてしまうことを恐れるにきまっているから。
「すいませんっ お待たせしましたっ!」
はぁはぁと息を切らす私を見て、そっと優しく頭を撫でる龍二さん。
相変わらずの大きな手の平。
この手にずっと愛されるためにはどうすればいいのだろうか?
形のない恋心。無形の愛。
龍二さんへの想いがあまりに大きすぎて、
私の小さな手だけでは、いつか落として壊してしまいそうな気がする。
けれど、どんなに恐れていようと、いまさら溢れる想いは止められないのだ。
だから私は必死でこの想いを零さぬようひとり抱き続けるしかない。
いつか、いつかその大きな手でそれを一緒に包んでもらえる日が来るまで……