黒い恋人-9
「……熱いね」
「ああ、汗びしょびしょだ」
すっかり力が抜け落ちた身体をベッドに投げ出し、
ぼんやりと天井を眺める俺と奈美子。
時計はそろそろ九時をまわるころ。
このまま眠りたいところだけれど、さすがにそうもいかない。
「そろそろ帰らなきゃ……だよな?」
「……そう……だね」
俺はひとり暮らしだから別になんの問題も無いのだが、
奈美子はそうもいかない──らしい。
ひとり暮らしなのか家族と一緒なのか、姉弟はいるのかどんな家に住んでいるのか、
実のところ俺は奈美子のことをなにも知らないのだ。
だって俺たちは、付き合っているわけでもなければ恋人同士でもない。
歳の差だって結構あるし、教師と生徒という立場から友達と呼ぶのもどこか違う。
「なぁ、俺たちってなんなんだ?」
「……どうしたの急に?」
別に関係性にそれほどこだわりがあるわけじゃない。
もとより誰にも言えない間柄に変わりはないのだから。
「他人……奈美子は赤が大好きだから、まさに赤の他人ってヤツか?」
なんの気無しに俺がそう言うと、奈美子は少しあきれ顔で溜息をついた。
「あのねぇ…… 赤の他人の赤は『明らかな』とか『まったくの』って意味なのよ?」
「明らかな他人?うわっ、それじゃ他人も他人、見ず知らずの相手じゃん」
「そうよ!だから赤の他人なんて言い方はさすがに酷すぎるんじゃない?」
そう言って俺の鼻をキュッと握る奈美子。
「じゃぁなんて言えばいいんだよっ」
「別にわざわざ言い表す必要なんてないんじゃない?」
「まぁ、そうだけどさっ」
いまいち納得のいかない様子の俺を見て、奈美子はまた溜息をひとつついた。
「もうっ!子供なんだから…… じゃぁさ、『黒の他人』なんてどう?」
「黒の他人?どういう意味だ?」
その聞いたことのない響きに興味を示した俺は、
身体を起こし上げ、乗り出すように奈美子に問うた。
「知らないわ?だってそんな言葉ないもの」
「……んだよ、それっ」
すっかり肩すかしをくらった俺は、ベタリとまたベッドに倒れ込む。
それを見た奈美子は、くすくすと相変わらずの笑みをこぼしていた。
「黒って言うのはね、あまりいいイメージの言葉じゃないの」
「まぁ、たしかにな」
「黒い関係、黒い噂、黒い青春に黒い乳首……ね?」
「……おいっ 最後のは違うんじゃねぇか?」
「あはは、でもだからってさ、『黒い恋人』って言うのはあまりにふしだらでしょ?」
「……だから『黒の他人』ってか?ふん、たしかに俺たちには遠からず近からずかもな」
口からでまかせの適当な造語。取って付けたような由来。
でも、俺はその言葉がえらくしっくりきて気に入ってしまった。