はじめました-1
目の前のご馳走に、先に箸をつけようとしたのは、彼女のほうだった。
「いただきまあす」
語尾が浮かれている。
メンマみたいな割り箸を真っ二つにして、勝負を挑む顔つきで唇を舐める。
夏場には不釣り合いなほど、彼女の腕はどこまでも白かった。
──が、ちょうど血管が透けて見えるあたりに、虫さされの痕のような赤い腫れがある。
ふふっ、と彼女は微笑しながら赤い痕を認めると、それを隠す仕草をした。
恥ずかしいわけではなく、むしろ嬉しそうである。
それはまぎれもなく、僕がつけたキスマークだった。
「ごめんなさい」
「べつに」
どうってことないよと言いつつ、彼女は箸を操った。
エアコンから吹き出す涼しい風が、彼女の黒髪をさらさらと揺らす。
こうやって二人で外食をするのは、僕の知るかぎりでは初めてだと思っていた。
「このあいだのハンバーガーとフライドポテトよりは、お腹にたまるでしょ?」
そうか、あれも外食のうちに入るのか──と僕は彼女の言葉に空返事をする。
彼女は麺を持ち上げて、そこに息を吹きかけた。
疑問を抱く僕。
それに気づいた彼女。
料理の器からは湯気など立っていないのだ。
「あのう、それ、冷やし中華ですけど」
やだ、といった感じではにかむ彼女。
普段は勉強のできるお姉さんの顔を見せているのに、おっちょこちょいな一面があまりに可愛くて、僕の中で彼女の魅力が何倍にもふくらんでいった。
「い、いただきます」
声を詰まらせながらも、僕も彼女の真似をして、ふうふうと中華麺を冷ます恰好を見せてから、いきおいよくすする。
恋のスパイスがほど良く効いた中華ダレはとても甘酸っぱくて、これはレモン何個分になるのだろうかと僕は考えていた。
美味しいかどうかなんて、この状況で判断するのは困難である。