はじめました-3
「これ、あたしのケータイの番号だから」
付箋(ふせん)ほどの小さな紙に、女の子らしい丸文字が並んでいた。
呆然と受け取るだけの僕。
「あと、これもお願いね」
「ああ、はい……」
ついでにもらったものは、支払いの伝票と、千円札が二枚。
──だけじゃなかった。
重なった千円札のあいだから、色っぽいものがすべり落ちた。
「お腹がいっぱいになったから、またお勉強のつづきをやらなくちゃね」
「ええと、よろしくお願いします」
よそよそしく、僕は頭を下げた。
妊娠すると困るからこれを着けるようにと、彼女は僕に言っているのだろう。
隣のテーブルに新しい客が座った。
コンドームを握った手を、素早くポケットに仕舞う。
大胆な発言も謹まなければならない。
すると彼女はまたメモ紙にペンをはしらせて、それを僕に渡してきた。
『あたしのこと、好き?』
メモから顔を上げて、僕は頷いた。
会話をする代わりに、彼女がもう一度メモをくれる。
『勉強より、もっともっとセックスを教わりたい?』
のぼせそうな頭をなんとか醒まして、僕はさっきよりも小さく頷いた。
目の前のヴィーナスは、とびきり妖艶に微笑んでいる。
テーブルの下の彼女の脚が、僕の脚をいたずらに小突いてくる。
「冷やし中華、ください」
隣の客が注文する。
今年の夏は、猛暑がつづいている。
冷やし中華の売れ行きも好調のようだ。
今日も暑くなりそうだなと、僕は彼女の胸元を見つめながら思った。
僕らの夏は、まだはじまったばかりだ。
──秘密の夏期講習、はじめました。