5日間の恋人-2
そう言うと、彼―冬哉はあたしの手を引っ張って、病室の天井へ向かって飛んだ。
(!壁を擦り抜けていってる!?)
自分の身に起きている出来事を理解できないまま、気付くとあっという間にあたしたちは星空の下に―正確には星空に浮いて―いた。
(綺麗…。こんな都会にもこんなにたくさんの星があるなんて。)
あたしは自分の身に起きた信じられない出来事よりも目の前の星の美しさのことを考えていた。
「さて。何から話そう。話すより自分の目で見たほうが早いかな?…辛いかもしれないけど。」
冬哉がそう言うと、美しい星空の一部が映画のスクリーンのように見覚えのある景色を映し出した。
(あ、これさっきまであたしがいた場所。事故にあった場所だよね。)
星空はまるで映画のように横断歩道を渡ろうとしているあたし、道の向こうから猛スピードで走ってくる車を映し出していた。
(あ、ぶつかる!)
あたしはやっぱり事故にあったようだった。その場にいた人々が救急車を呼んでくれあたしは病院に搬送された。
「あたしやっぱり引かれたんだ…。あたし、死んじゃったの?」
独り言のようにぽつんとつぶやいてみた。すると冬哉は、
「死んでないよ。君は死んでいない。」
さっきと同じ台詞を繰り返した。
「…じゃ、今ここにいるあたしは何?病院のベッドに寝てるあたしは何?それに…あなたは一体何者なの?」
ずっと混乱の中にいたあたしがやっとまともなことを聞いた気がする。冬哉は優しい瞳であたしを見ながらゆっくり話した。
「君はね、見てもらった通り事故にあったんだ。大きな外傷はなかったみたいだけど…、頭を強く打ったみたいで。打ち所が悪かったみたいだね。」
冬哉は話しづらいのか遠回りな言い方をしているように感じた。あたしは自分から切り出した。
「打ち所が悪くて死んだってことなのね?」
そう言うと冬哉は一瞬、悲しそうな表情をしたように見えた。
「…ほんとはそうなるはずだったんだ。何から話せばいいかな?少し長くなるかもしれないけど、聞いてもらえる?」
そう前置きをしてから冬哉はゆっくり話し始めた―。
「俺はね、君たちのような生きてる人間じゃないんだ。じゃ、何かって聞かれても俺にもわかんないんだけど。俺は、死んだ人間を行くべき所へ案内しているんだ。」
じゃあ、あたしを行くべき所へ案内するためにあたしの前に現れたの?と言葉が出かかったけど、話の続きを聞くことにした。
「あとはね、雪を降らせるのも仕事なんだ。」
「え?雪?」
「そう、雪。雪ってね、この世を去った人たちからの贈り物なんだ。雪が降ると切なくなったりしない?亡くなった人たちはね、別れた人々にいつまでも悲しんでいないで幸せになってほしいと思っているんだ。でもやっぱり自分のことだって忘れてほしくないだろ?だから雪を見て、時々は切ない気持ちになって自分たちのことを思い出してほしいって雪を生きてる人々の世界にプレゼントするんだ。で、そういう人たちの気持ちを集めて雪を降らせるのが俺の仕事なわけ。」
「で、死んだあたしを行くべき所に案内するために来たの?」
あたしは考えていたことを冬哉に聞いてみた。
「正確に言うと君はまだ死んでいないんだ。行くべき所へ行って初めて死んだっていうことになるんだ。さっき、俺が助けるって言っただろ?俺が君を元の世界に戻してあげるよ。」
「どういうこと?だってあたし、死ぬはずだったんでしょ?なんで助けてくれるの?」
「だって…。俺が降らせた雪のせいで君は事故にあったんだ。恋人に会いに行くはずだったんだろ?申し訳なくて。だから…。」
冬哉は申し訳なさそうな顔をしながらあたしに言った。
「伊吹を生き返らせてあげるよ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんであたしの名前知ってるの!?それに春斗に…恋人に会いに行くはずだったってことも…。」