十一-1
車のエンジンが止まると、春子、和彦の順に降りた。
ここへ来るのもあの日以来だと春子は思った。
けれども今日はこのあと美智代と二人で祭りの縁日を楽しむ予定だったので、美智代を連れてすぐに帰るつもりでいた。
玄関に上がると、赤い鼻緒のついた黒い下駄がそろえてあった。
美智代のものだとすぐにわかった。
春子も下駄を脱いでそこに並べると、大人びた所作で家に上がった。
するとどういうわけか、いきなり和彦に腕をさらわれて、その場にねじ伏せられてしまった。
気づいたときには手拭いを口に噛まされていて、両手も縛られていた。
着慣れない浴衣のせいもあって、抵抗する間もなく春子は暗い部屋へ押し込まれた。
はずみで尻餅をつき、唯一動かせる足で後ずさりするものの、背中はすぐに壁に突き当たる。
わけがわからない春子が見上げた先に、無表情の和彦がいた。
「春子」
声にも感情がない。
「春子ももうじき十七になるか。その浴衣もよく似合っているし、紫乃に似て美人になったな。紫乃の血を継いで」
和彦の目が微かに曇ったように見える。
「春子が深海紳一さんに惹かれる気持ちはわかる。血のつながらない親子だからな。でも春子のほんとうの父親がどこにいて、娘のことをどう思って暮らしているのか、それを知るべきときが来たんだ」
春子はきょとんとして、和彦の言っている意味を探した。
「こうすればわかるだろう」
和彦は春子に近寄って、きめの細かい頬に口づけようと顔を寄せる。
春子はとっさに顔を背けた。
仲睦まじい親子のそれとは違い、男が女を扱うときの口づけの気配だったからだ。
「だろうな。ほんとうは俺だってこんなものは使いたくないんだ。春子さえ大人しくしていてくれたら、誰も傷つかずに済むのさ。わかるな?」
和彦は低い声で言った。懐から何かを取り出そうとする。
それは春子の視界のはじで、ぎらりと光った。刃物のようだと直感した。
昔の父親からそんなものを突きつけられたことがとても悲しくて、恐怖よりも先に寂しさが募ってきた。
そこまでして娘を犯したいのだろうか。
春子は哀れむ目をした。
「春子、泣いているのか?」
不適切な関係を迫ってくる父の前で、春子は涙をこぼした。
「俺のことが汚らわしいんだろう。だったらあの男はどうなんだ。俺から大切な人を、紫乃を奪って、それから春子まで……」産ませて、と和彦は言いたかったのだが、言葉にはならなかった。
お母さんを奪ったとはどういうことなんだろうと春子は思った。
そのあいだにも和彦は春子に迫り、浴衣の帯に手をかける。
自由の利かない体である。逃れられるはずがなかった。
春子の浴衣がはだけて、そこに和彦の視線が突き刺さる。
もがけばもがくほど、浴衣は畳を舐めながら広がっていく。
「紫乃、やっと会えた……」
和彦は呟いた。すっかり女に成長した春子の艶姿(あですがた)に、かつての妻を見たのである。
和彦は春子の乳房を抱いた。
屈折した愛情が、春子の肌を撫でまわす。
露出した乳首にも愛撫を行き渡らせて、転がし、吸いつく。
春子は身をよじった。気分は落ち込んでいくのに、体は火照っている。
和彦は春子の下着を脱ぎ取ると、自分も脱ぎはじめる。
「紫乃、もう一度だけ、春子を妊娠してくれ……」
そんなことを何度言っただろうか。刃物はすでに和彦の手から転げていた。
しかしそれ以上に鋭いものが、春子の股に向けて無言の威嚇をしていたのである。