十-2
紳一は佐々木繁を家に上げて、とにかく訳を訊こうと模索していたのだが、かける言葉がなかなか見つからない。
「佐々木さんが言いたいのは、このあいだの墓地での出来事ですよね?」
紳一は真実に触れるのが恐ろしかったが、できるだけ繁を興奮させないように訊いた。
「そうじゃない。わしが言っているのは、紫乃さんのことだ……」
「紫乃のこと?」
繁から突きつけられた言葉に面食らい、今度は紳一が言葉を失った。
紫乃のこととは、どういうことだ──。
「ほんとうにすまんかった。和彦くんから事実を聞かされて、わしも作り話だと思いたかったんだが、身に覚えがあったんだ。紫乃さんも、和彦くんも、ぜんぶわかっていたようだ……」
紳一は先を恐れて身構えた。
「春子は、わしの娘だ……」
ひどい耳鳴りがした。長い沈黙がつづいて、顔面からは脂汗が浮き出てくる。
紳一は頭を振った。
春子が佐々木さんの娘だということは、紫乃は佐々木さんに無理矢理に──。
すべてを悟った紳一の腹の底からは、怒りの感情が込み上げてきた。
「あんたは、なんてことをしてくれたんだ!」
紳一は繁を一喝した。頬が震えて、こめかみの血管が脈打っている。
相手を張り倒してやろうと手を上げるが、ぐっとこらえた。
繁のたるんだ頬も震えている。そして思い詰めたまま、やがてその口が過去を語り出した。
恋仲にあった和彦と紫乃は、真面目な付き合いの中に将来を見出し、間もなく夫婦となった。
しかしながら紫乃があまりにも美しい女であったために、その結婚を羨む者もいれば、妬む者もいた。
とうぜん繁も紫乃に唾をつけておきたいと企んでいた一人だったから、鶏卵を差し入れては家族ぐるみの付き合いを重ねて、紫乃の心に隙ができるのを窺っていたのである。
そうしたある日、繁は和彦が留守のあいだに九門家に上がり込み、一人で炊事場にいた紫乃を床の間まで連れて行って、力ずくで犯した。
「まさかあのときに妊娠して、産まれた子が春子だったとは……」
繁は独り言のように呻いた。
「なんてことだ……」
紳一は膝からくずれ落ちた。
さらに繁は、和彦から打ち明けられたことをしゃべった。