九-3
「それじゃあ、もう一度浴衣の着付けをしてもらってから、美智代と一緒にお祭りに行ってくる」
「うん。そういえばほら、変な男がまだこの町にいるかもしれないから、くれぐれも気をつけてな」
「心配してくれてありがとう」
その男はきっと佐々木さんだから、と春子は言いたかった。
佐々木繁に犯されそうになったあの日以来、彼は深海親子に近づこうとはしなかった。
だからなのか、春子自身も身の危険を感じることもなく、今日まで過ごしてきたのである。
「行ってきます」
言って振り返る春子の笑顔に、一瞬、不安の影がつきまとっているように紳一には見えた。
*
静まり返った家に春子の残り香があった。
香りのもとを辿っていくと、洗濯かごの中のハンカチに行き着いた。
春子は自分の恥部をハンカチで拭い、それを下着と重ねて置いていったのだ。
紳一は春子の肌触りを思い出し、ハンカチの濡れたところに触れてみた。
愛しい液が指を湿らせ、たまに匂ってくる。
「紫乃、まさか君の娘を恋しく思う日がくるとは、思ってもみなかったよ。だらしのないこんな僕を、女癖の悪い男だと叱ってくれ」
呟いていると、玄関先に人の気配を感じた。
「春子なのか?」
硝子戸の向こうで人影が揺れると、それが春子のものではないとすぐにわかった。
来客は佐々木繁であった。
「紳一くん……」
あらわれた繁の表情は重く、年齢よりもさらに老け込んで見える。
「ずいぶんご無沙汰していましたね。どうかしましたか?」
「じつはあのとき、わしが犯してしまったんだ。おなごの体に目が眩んだんだ……」
繁の言っていることは意味不明であった。
その場にへたり込んだ繁は肩を震わせて、拝むように俯いた。
彼の異様な雰囲気を見て、紳一にもようやく察しがついた。
あの日、墓地で少女を犯したのは佐々木繁だったのだと思った。
火男の面を被った繁が、少女に淫らな仕置きをする姿が頭に浮かび、紳一は何ともやりきれない気分になった。
頭が痛かった。