八-1
それから何日も雨は休まず降りつづいて、たまにのぞく晴れ間が水たまりに映ったかと思えば、あっという間に雲の向こうへ消えていく。
「あれから何も起こらないね。犯人はもう遠くへ逃げてしまったのかしら」
校舎の窓から外を眺めたまま、うんざりした感じで桜園美智代が言った。
「どうなんだろうね。その人がいなくなったとしても、男の人はみんな私たちのことをそんなふうに見ていたりするから、やっぱり怖い」
春子は口調を強めた。
「こんなことなら、合気道とか習っておけばよかった」
「美智代はそんな心配いらないんじゃない?」
「それはどういう意味なの?」
二人はお互いのスカートを引っ張って、いやだ、やめて、とふざけ合った。
「あなたたち、女の子なんだから、もっとおしとやかにしなさい」
途端にお叱りの声を浴びる春子と美智代。
そちらに目を向けると、相変わらず清潔感のある容姿をした森咲つぐみが、分厚い教科書を抱えて立っていた。
すみません、と二人が反省の色もなく頭を下げると、つぐみは春子だけを廊下に呼び出した。
「あれからお父さんの体の具合はどう?」
「先生のおかげで父の体調もすっかり良くなって、仕事にも出られるようになりました。あのときはありがとうございました」
「いいえ、私はお見舞いに伺っただけだもの。それより、もうすぐ町内のお祭りがあるわよね。春子ちゃんは誰と行くの?」
「私は美智代と行くつもりです」
「そう、桜園さんと……」
そう言ったそばで、つぐみの頬が赤らんだように春子には見えた。
先生はきっとお父さんと一緒にお祭りに行きたいんだ。
私だってほんとうはお父さんと行きたいけれど、そんなのまわりから見たら絶対におかしいもの。
だけどお父さんのことを先生に取られたくない──。
目の前の晴れやかなつぐみと、可愛げのない自分。
比べる物差しはないけれど、つぐみに対してはどうしても一歩引いてしまう春子であった。