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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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アールネの少年 2-7


 全てを言いきる前に、様子を窺ってきたアハトが二人のもとへ戻ってきたのだ。アハトはわずかに目を見開いて、驚いたようにエイの方を見た。

「?」

 何だろう、とエイは反射的に背後を振り返った。アハトの視線が自分ではなく、背後の何かに向けられたのかと思ったためだったが、もちろんそこには暗い森があるだけだった。
 顔を正面に戻すと、アハトは何事もなかったようにすました表情で報告を始めた。

「友軍は指示通り四方に分かれて脱出しました。アールネは北方へ向かった部隊に王子がいるとみているようです」

 予想通りアールネ軍が北方の追撃に最も多くの兵を割いたと聞いて、王子は小さく頷いた。

「砦にはすでにアールネ軍と北ナブフル反乱軍が入り込んでいます」

 黒森砦がほぼ制圧されたことを、彼は淡々と告げた。シェシウグル王子は苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「砦を奪われるのは避けたい。奪われるくらいなら無くなってくれた方が助かるんだが……」

 そう言いながら、シェシウグル王子はアハトをちらりとうかがった。アハトは補足するように、ぼそりと応じた。

「黒森砦は北ナブフル様式の建築です」

「そうなんだよなあ。うちの城砦と違って要柱がないんだ。不便だな」

 難しい表情で腕組みするシェシウグル王子とアハトとを、エイはぼんやりと交互に見た。彼には二人の会話の意味がつかめずにいた。

「アハト、砦を崩せるか?」

「……やっては、みます」

「? 頼りない返事だな。どうした?」

 アハトはすぐに返事をせず、考えるように軽く目を伏せた。

「難しいのか?」

「いえ。それが最善です。……骨は拾ってください」

「何を言ってるんだ。今日は変だぞ。腹でも痛いのか?」

「いいえ」

 本気か冗談かわかりづらいシェシウグル王子の問いに、アハトはいたって生真面目な否定を返した。
 それから、彼はなぜかエイの方をじっと見つめて――

 彼とシェシウグル王子の目の前で、何の前触れもなくかき消えた。

 エイは知らず視線を下に向けた。急に倒れでもしたのかと思ったのだ。視界から外れたために消えたように見えたのだと。
 だが地面に倒れ伏したアハトの姿はなかった。当然だ。ずっと見ていたから、そうでないことはわかっていた。眼前で起きた事象に、なんとか説明をつけようとしたにすぎない。
 だが、無駄なことだった。

 バササ…

 沈黙を破ったのは羽ばたき音だった。
 音につられるように顔を上げたエイの頭上に、一羽の鳥が羽根を広げていた。

 鉤爪と鋭くまがったくちばしを持つ、虹彩の赤い、小柄な猛禽だ。そして夜の影のように黒い。光も色も吸収する、艶のない、やわらかな黒。

 ……あの鳥だ。

 戦場で見たとおりの、美しい黒い鳥。
 エイはそう思った。美しい、と。その鳥はわけもなく、彼の凍りついた情動を奇妙にかき立てた。

 何が起こったのか、すぐには把握できなかった。

 ぽかんと口をあけたまま絶句するエイを、シェシウグル王子がおかしそうに眺めていた。

「なんだ。あのとき、あいつが化けるのを見ていたんじゃないのか?」

 エイは話しかけられてようやく、はっと我に返った。

「化ける? いえ、僕はあの鳥を、夢かと……彼もそう言っていましたし」

「夢じゃない。あいつはああいう一族なんだ。鳥に化ける」

「鳥に変身する、一族……他にも、何人もいるんですか?」

「そりゃ、一族だからな。正確な数は知らんが、何千羽もいるだろ」

「何千も……? 彼が、ロンダ―ンの王家の使役するという、怪鳥――?」

「怪鳥? その呼び方は初めて聞いた」

 シェシウグル王子は、あははと笑い声をたてた。

「本人たちの前では言わんことだ。怪しい鳥には違いないが、奴ら見た目は可愛げがあるからな」

「……気をつけます。でも、どうして今その、変身を?」

「ロンダ―ンの鳥について聞いているんだろう? 『不思議な力をもつ鳥』だと」

 彼はそう言って、上空を旋回する黒い鳥に目を遣った。

「まあ見ていろ。鳥態になったツミの力を」

「ツミの、力?」

 聞き返したエイに、シェシウグル王子はにやりと意味ありげな笑みを浮かべたのみだった。

 異変はそのすぐ後に起きた。

 まず低く軋る、呻き声のような音がそこかしこから響き始めた。砦に入ろうとしていたアールネの軍隊の動きが止まる。
 不快な不協和音に、エイは思わず耳をふさいだ。
 そのときだ。
 砦の突端、見張り台のある塔が、突如根元から崩れ出した。ただ崩れるのではない。内側に向かって、見えざる手に握りつぶされるかのような不自然な圧搾痕が石壁に刻まれ、そのまま砕け落ちていく。

 塔の崩壊を皮切りに、今度は屋上の手すりや柵が残らず倒れた。
 続いて建物の窓や階段、形状の複雑な、耐久性の弱い部分からメキメキと亀裂が生じ、みるみるうちに広がっていく。
 石壁はなにかの重みに耐えるかのようにわずかにたわみ、外側に膨らんだ。
 なにかとてつもない圧力が、広大な砦を、上から押し潰そうとしているのだ。
 建物はしばらくの間耐えていたが、ある瞬間に、とうとうこらえきれずに悲鳴のような軋み音を上げて一階部分の石壁が弾け飛んだ。
 アールネ軍が飛び散る破片に巻き込まれて逃げ惑う。

 そこからは芋づる式だった。がくりと建物が傾ぎ、根元から轟音とともに崩壊していく。


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