アールネの少年 2-3
「謝られてもな」
シェシウグル王子は片眉をあげてみせた。
「こいつは国同士の問題で、お前個人の謝罪には何の価値もない」
その通り、もっともだ。深く得心しながら彼は目を伏せた。
「あまり感心しないぞ、そうして簡単に謝罪するのはな」
「そう、ですよね……すみません」
「謝るなというのに」
あきれた顔で彼は肩をすくめた。ますます恐縮するエイに、まあいい、と気を取り直すように腕を組む。
「状況を知りたいだろう」
彼は探るように、というより半分嬲るような口調でそう言った。エイはそれを聞いても、自分が現状を知りたいかどうかわからずに、ただ無感動に相手を見つめた。
シェシウグル王子としては、エイの反応……おそらく動揺なり知りたがる素振りを見たかったのだろう。少し拍子抜けしたように語気をゆるめた。
「西の森でお前を捕捉してから二日」
二日も気絶していたのか、とエイが驚いている間にも、彼はすらすらと経緯を語った。
ロンダ―ンはエイを捕えてすぐに、アールネの遠征軍に対して降伏あるいは撤退を求める文書を送った。
返答は迅速に届けられた。
副官の名において出された声明には、こう記されていたという。曰く――
「公弟エイは先の奇襲の折に戦死した。こちらが捕えたというのは偽物だ、だとさ」
シェシウグル王子はためらいもなくそう告げて、エイの目をのぞきこんだ。
「お前は偽物か?」
偽物。
エイは反射的に頷きそうになった。
副官の対応は完全にエイの予想通りではなかったものの、いざそう聞いてみると、なぜ彼がそう答えたか理解できたのだ。
目の前の少年やロンダ―ンの兵士が、その理由に気付いたかどうか、彼は少しだけ気になった。
「そんなはずはないな。エイ様と呼ばれるのを聞いた」
だが彼が頷くより先に、シェシウグル王子は頭を振った。
「つまり、お前は部下に見捨てられたわけだ。本国に公弟は捕虜にされたと伝えるより、死んだと報告する方が得だと思われた」
揶揄の響きを帯びた台詞の、その内容に、エイはわずかに目を見開いた。彼には意味がわかったのかもしれない。
「俺は面倒なものを拾ってしまったようだ」
そう言いながら、シェシウグル王子は目を輝かせた。
「お前、部下に愛されていないな」
「……」
自覚はしている。兵や士官たちがエイの下への配属を厭っているのも知っている。
アールネ公が末弟を遠ざけたがっているらしいのは、アールネの民ならだれでも知っている事実であり、彼の部隊は絶えず最も危険な前線に送られ、真っ先に斬り込む役回りを強いられる運命だからだ。
エイ自身も親しみやすい人柄ではないし、配下への配慮のできる方でもない。戦場ではそれでもできる限り己を失わず、部下を守るようにしているつもりではいるのだが、残念ながらその気遣いは伝わっているとは言い難かった。
だから彼の言葉は正しい。正しいが……普通、本人に向かってずけずけと言うだろうか。
この王子は変だ、とエイははっきり思った。
「人質に使えないんじゃ処刑するしかないか」
シェシウグル王子は反応をはかるように彼を見た。エイは目を伏せた。
「……どうぞ、そうしてください」
彼は眉をひそめた。
「なんだ、ずいぶんと覇気がないな。諦観か?」
「たぶん、そうです」
静かにそう答えると、シェシウグル王子の背後で、アハトがふと顔を上げるのがわかった。彼はもの問いたげな視線をこちらに向けたが、結局何も言わずにもとの無表情に戻った。
シェシウグル王子はつまらなそうに、ふんと鼻を鳴らした。
「まあいいさ。処刑はいつでもできる」
彼はエイに背を向けると、アハトに指示を出した。
「お前、しばらくこのまま見張っていろ。何も聞き出さないうちに自害されてはかなわん」
少年の表情に目立った動きはないのだが、嫌そうな感情がひしひしと伝わってくる。
他人の感情に疎いエイにわかるのだから上司であろう王子が気付かないはずはない。だが、彼はそれを完全に無視して退室した。
かき乱された空気が、瞬時にしんと静まりかえる。
何だか、元気のよいつむじ風のような人だった……エイはひそかにそんなことを考えた。
「ええと、」
彼はともに取り残されたアハトをちらりと窺った。
少年が無表情のまま、小さくため息をついたのがわかった。迷惑な命令だと思っているのだろう。
「わざわざ張り付いていなくても、自害はしないよ」
そう言うと、アハトは見下すような視線をエイに向けた。
「どうでもいい。出来上がったばかりだ、経過は見届ける」
「できあがる? 経過?」
彼も大概、言葉の意味が不明だ。
尋ねてみても、少年はそれ以上語ろうとはしなかった。
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