H-8
夕飯が始まった途端、雛子の独壇場となった。
美和野村に赴任してから二ヶ月間に起きた出来事を、三朗に話して聞かせた。
七名の担任になった事、早川親子との経緯、理解者である校長の高坂、大田原という地主の存在等々、一つ々を丹念に聞かせて行った。
その喋りはまるで、とり憑かれた者の如く、止まる事を知らない。誰かに聞いてもらいたい衝動が、抑え切れ無くなっていた。
そんな娘の話を三朗は、唯、相槌を打つだけで黙って聞いていた。黙って微笑み掛けるだけだった。
「今日は、光太郎から言伝てを頼まれて来たんだ」
雛子の言葉が途絶えようとした時、三朗がようやく、その口を開いた。
「兄さんが?」
「先日、手紙に書いた頼み事を詳しく教えて欲しいそうだ」
三朗の言葉に、雛子は訝しがる。
「どういう意味?」
「お前の頼み事は、他人を巻き込んでまで行う事だな?」
「まあ……そうなるわね」
「だったら、何故、必要なのかを具体的に示す必要が有るんじゃないのか?」
「だって……」
反論しようとする雛子に、三朗は「待て」と言って、右手で制する。
「だから儂が来た。多分、説明し切れ無いのだと思ったからな」
「……」
三朗の眼が厳しい物に変わった。
「お前がやろうとしている事は、村の貧困を救うかも知れん。だが、それは教師の本懐からは明らかに逸れた物だ」
「私は、自分の生徒逹が、成長して村を出て行かざるを得ない現状を、どうにかしたい。それを手助けするなと言うの?」
「本来ならそれは村の問題であり、首を突っ込むのはお前の自己満足だ。
教師が行うのは、学習を通しての人間育成を手助けする事だけだ」
雛子は、目の前で持論を展開していてるのは、本当に父親なのかと思った。
自分の想いを知ったのなら、賛同し、応援してくれるはずだと思っていた。
それが、悉く自分の意見を打ち砕き、想いを否定する姿が信じられなかった。
「村は貧困に喘いでいるのよ!中学さえまともに通わせて貰って無い子もいるわ。
貧困を取り除いて、子供逹に進学の機会を与えてやる事が、そんなに悪い事なの!」
それは魂からの叫びであった──幼少の頃から幾度となく、貧困によって進学を諦める級友逹を見るにつれ、徐々に雛子の中で燻り出した憤りが、三朗の言葉に端を発し、一気に炎を吹いたのだ。
初めて娘の中の熱い想いに触れて、三朗は何故か先程迄の厳しい顔でなく、微笑でいる。