H-4
波紋を投げ掛けた手紙から四日前の朝、雛子は鶏小屋の前で高坂に、自分の考えをぶつけた。
「如何でしょうか?」
一部始終を聞いた高坂は、固く目を瞑ると、思案顔を浮かべて圧し黙ってしまった。
「校長先生?」
「そりゃあ……えらい事じゃなあ」
ようやく開いた高坂の口からは、苦悩が滲んでいる。
「確かに上手く行ったら、ああたの言う通り村も潤うじゃろうが、しぐじったら……」
「私も、そこは随分と考えました。でも、始めなければ何も変わりません」
「確かにそうじゃが……」
雛子は、厳しい面持ちで更に続ける。
「この村の男の人は、外に仕事を求めて出て行きます。殆どの農家が米の収入だけでは立ち行かず、出稼ぎの仕送りに頼ってるのが現状です。
だから、此処には年寄りと女、子供だけしか居ません。このままじゃ、村は廃れてしまいます。私は少しでも、子供逹が村に残って欲しいんです」
雛子の強い想いを知った高坂は、思わず胸が熱くなった。
「余所者のああたが、そこまで村の事を考えてくれてたとは、儂は地の人間として恥ずかしい」
「じゃあ、校長先生……」
「ああ、儂が助役の椎葉さんや村長に働きかけてみよう」
「あ、有難うございます!」
──遂に一歩目を踏み出す事が出来た。この先、沢山の試練が待っているだろうが、必ず完遂させてみせる。哲也君やお母さんの様な境遇者を、一人でも減らす為に。
「さあ、そろそろ生徒を出迎えましょう」
「はい!」
二人は校門を目指して朝の校庭を歩いて行く。希望に燃える雛子の顔は、朝日を浴びて輝いていた。
雛子が、自分の想いを初めて高坂に告げてから五日後の、土曜日の午後。
「だいぶ伸びてきたわ」
雛子は家の畑で、作物の成長具合にご満悦の様子だ。
頼りなげな束だった葱や韮は分げつもはっきりし、胡瓜やへちまと言う蔓物も、添え木代わりの竹に巻き付き出した。
この調子なら来週にも、大きな竹を組む必要になるだろう。
「梅雨が明けた頃には、実がなるかな」
畑を見詰める雛子の瞳には、笑顔で実を収穫する子供逹の姿が思い浮かぶ。
「さて!次は風呂の焚き物割りだわ」
土曜日は学校が半ドンで、午前中に授業を済ませると、今週の懸案事項と来週の予定等を打ち合わせを行ってから、帰宅と相なる。
そこから月曜日の朝まで休みなのだが、雛子に余暇を満喫する暇は無かった。
風呂の焚き物作りに、溜めている洗濯、部屋や庭の掃除と、沢山の仕事をこなす必要があり、更に今後は畑の世話も加わって来る。
さぞかし大変ではと思えるのに、雛子は嬉々として仕事を一つ々こなして行く。
因果応報──全ての行いには報いがついてくる。