H-2
「お父さん!雛子が俺に手紙をよこたんだ」
封筒を鞄から取り出した、光太郎の顔は怒っていた。
「ああ、それなら……」
鶴子は「家にも昨日、着いたわよ」と、郵便貯めの箱から真新しい封筒を取り出しながら、三朗を見てニヤニヤ笑っている。
「お父さんったら、見ようともしないのよ。仕方ないから読んで聞かせたけど」
「そんなもん、見なくても解っとる!」
三朗が声を荒げる。その頬が微かに赤い。二人の関係が解るやり取りだ。
しかし、今の光太郎には目に入らない。
「何て書いてあった?」
「別に。小包のお礼と頑張ってますって」
「俺には、とんでもない事頼んで来やがったくせに!」
怒りを顕にした光太郎は、思わず封筒をちゃぶ台に投げつけた。
「何をそんなに怒ってるの?」
鶴子は、ちゃぶ台から封筒を拾い上げると、「どれどれ」と中身を取り出し読みだした。
「……兄さん、ご無沙汰しております。先日は、給食の試験校として選んで頂いて有難うございました。早速、給食として使わせてもらってます」
「そこじゃなくて、追伸のところだよ」
「えーっ……追伸、兄さんにお願いがあります。兄さんの知り合いに……」
読み進める鶴子の顔が、みるみる曇る。新聞を読む“ふり”をして耳を欹(そばだ)てていた三朗も、いつの間にか顔を上げていた。
「これ、どういう意味なの?」
「解んないよ!あいつの気まぐれなんて」
朗読し終えた鶴子が、間を置かずに問いかけた。
勿論、光太郎には雛子の真意など解け無い。だがらこそ、彼は腹を立てているだ。
「ただ頼みたいじゃ、何故、必要なのか解らないだろ!教員にもなって、こんないい加減な文面書いて寄越しやがって」
大事な用なら、詳細に説明して相手に納得してもらわねばならない──官庁職員として揉まれて来た兄だからこその考え方だ。
だからこそ、妹の見せる拙さが余計に歯痒かった。
「いくら何でも、自分の妹にそんな……」
「結局、俺が再度問い合わせなきやならんから、余分な日数を喰っちまう。
これが、急を要する事で間に合わなかったら、雛子自身が困る事なんだよ」
鶴子が宥めようとするが、取り付く島も無い。
「確かに、お前の言う通りだな」
その時、三朗が徐ろに言った。
「だったら、儂が訊いて来てやろう」
「ええ!」
鶴子と光太郎が、同時に驚きの声を挙げた。三朗の面持ちが僅かに赤くなる。
「手紙のやり取りでは一週間は掛かるだろう。幸い、儂は身体が空いてるからな」
昨年末に教員を退職となり、今は嘱託として、週の半分程を小学校に出る三朗は、暇を持て余していた。
「でも、それじゃお父さんに迷惑じゃ」
「気にするな。仕事で大変なお前が、手を煩わせる必要も無かろう」
恐縮する光太郎に対し、三朗は父親らしい器の大きさを示した。実に微笑ましい光景だと言うのに、鶴子は又、三朗を見てニヤニヤと笑っている。