赤い唇<後編>-9
「ねぇ龍二?もう言わないからさぁ…… しようよ?」
「…………やだっ」
「加奈とは何もないんでしょ?だったらいいじゃない?」
「……いいわけあるかっ そもそも何もないだなんて思ってもないだろうがっ」
くすくすと奈美子の笑い声が聞こえる。
昔からそうだ。なんだかんだでこの女は、いつも俺のすべてを見透かしてやがる。
「ねぇ?加奈に何を見てるの?」
「な、何って……」
「あの子は私の子だけど…… 私じゃないわよ?」
その言葉に一瞬、背筋が凍る思いがした。
「そ、そんなことっ 百も承知だよ!」
「そうかしら?似てると思わない?昔の私と……」
「……お、親子だから当たり前だろっ」
「ふふ、そうね、自分でも恐いくらい………… あの子は私に似てるわよ?」
白い肌、長い黒髪、吸い込まれそうな大きな瞳。
最初は全然気づきもしなかったけど、今となって考えると似てるなんてもんじゃない。
でも、それはあくまでも外見の話であって……
「あいつは…… 加奈は加奈だよっ」
「あら?やけに加奈の肩を持つわね?」
「るっせぇ!全部わかってんだろうがっ」
「さぁ?私が知ってるのは、あなたが加奈のお得意先様だってことくらいよ?」
相変わらず惚けた顔でそんな事を言ってのける奈美子。
わかってる。おそらくそれが、そうすることが大人のルールなんだ。
「はぁ…… いいよもう、疲れた……」
すっかり気が抜けた俺は、倒れるようにベッドに横たわった。
それを見て奈美子はまたくすくすと笑うと、
連なるように俺の隣へとその身を横たわらせてきた。
「ねぇ…… 私たちそろそろ別れましょ?」
「……続いてたのかよっ!」
「どうだろうね?でも、少なくともお別れはしてなかったはずよ?」
そう言うと奈美子は目を閉じ俺に唇を重ねた。
ディープでもフレンチでもない、ただ唇が触れ合うだけのお別れのキス。
はじめて愛した女との十四年ぶりのキスは、どこか苦い、大人のケジメな味がした。