赤い唇<後編>-7
まるで金魚のように口をぱくぱくさせる俺。
なにをどう言っていいのか頭がまわらない。
俺と加奈が──親子?
奈美子と加奈が親子だと言うのは明らかだから、
つまり、加奈は俺と奈美子の子供だというのか?
今年で俺は三十二歳だから、つまり加奈は俺が十二歳の時に仕込んだ……
「……って、んなわけあるかっ!!!」
そう言って俺が奈美子の方へと振り返ると、
そこには声を殺しながら、腹を抱え笑っている奈美子の姿があった。
「あ、あははっ だめっ 苦しいわっ」
「ざけんじゃねぇ!おちょくってんのかこのアマ!」
奈美子と出会ったのは忘れもしない十六歳の夏の日だ。
セックスはおろかキスだってその時が初めてだったというのに、
十二歳なんてそれこそ童貞をこじらせてる真っ只中じゃねぇか。
くすくすと堪えきれぬ様子で笑い転げる奈美子。
長い黒髪が白い素肌を引き立てる。
折れそうなくらいにしなやかな身体は、あの頃と全然変わらない。
「ったく、なんだってんだよっ」
からかわれた事に怒った素振りをみせながらも、
内心どこかホッとしている俺がいる。
母娘ともに抱いてしまったという事実だけでも受け入れがたいのに、
それが父娘だったなんて言われて動揺しないヤツなんているわけがない。
「って、あれ?まてよ…… やっぱり計算があわないんじゃねぇか?」
「なぁに?そんなにあの子の父親になりたいの?」
「ちげぇよ!そっちじゃなくて……」
奈美子は俺よりたしか六歳年上で、現在三十八歳のはず。
二十歳の加奈を生んだのは十八歳の時なわけで……
「……もしかして歳を誤魔化して いてっ」
「失礼ねっ!今年三十八歳になったばかりよっ!」
「ま、待てよ!俺と会ったあの時は二十二歳だって……」
「そうよ?嘘なんかついてないわよ?」
「そ、それってつまり……」
俺はこめかみから冷や汗が流れるのを感じた。
「あは、やっぱり気づいちゃった?あの時すでに私…… 子持ちだったのよ」
「こ、子持ちって………… つまりその……」
「うふ、龍二の初体験は、なんと不倫だったのでしたぁ〜!」
まるでクイズの答えを述べるように、明るくそんなことを言ってのける奈美子。
俺はと言うと、あまりの衝撃に現実を受け止められず、
こんどこそ金魚よろしく、口をぱくぱく動かすことさえ出来ずにフリーズしてしまっていた。