赤い唇<後編>-5
大通りをすり抜け海岸線へと車を走らす奈美子。
この道、この風景、何度となく見たことがある。
「知ってた?あのホテルってまだあるんだよ?」
名前なんてもうとっくに忘れた。
でも、場所はまだなんとなく覚えている。
学校からは随分と離れた、車でないと行けない秘密の場所。
現実から目を逸らし、二人だけになれる暗闇の密室。
「おいおい、娘の男を誘ってどうするつもりだよ……」
「あら?お得意先の方なんでしょ?」
どちらにせよ駄目だろ?そう思いながらも俺は溜息をつくだけ。
いまさらこんな場所で降ろされてもどうしようもないし、
こうしてこの車に乗った以上、黙って従うほか俺には選択の余地はない。
車を止め部屋に入ると、無言でベッドに腰をおろす奈美子。
このままなし崩しに抱いてみるのも一興だけれど、
誰かによく似た長い黒髪を見てると、とてもじゃないがそんな気になれない。
「……なぁ?いいかげん本当のことを教えてくれないか?」
俺はゆっくりとベッドに身体をあげると、奈美子の後ろへと背中合わせに座った。
「本当のこと? ……私は何も嘘なんてついていないわよ?」
そう言ってはまたくすくすと笑う奈美子。
相変わらず意地の悪さは変わっていない。
もしかすると俺の意地の悪さは、この女から伝染したものかもしれないな。
「加奈とは…… その、ホントに親子なのか?」
俺は率直に疑問を投げかけてみた。
もちろん答えはわかっている。
その綺麗な長い黒髪、吸い込まれそうな大きな瞳、
誰がどう見ても加奈は奈美子の娘に違いないだろう。
「似てるでしょ?ドキッとした?」
「……答えになってねぇよ」
どっちを見てだよ?──なんて言葉を俺は呑み込んでいた。
だって、そんなことを言ってしまったら最後、
どちらにドキッとしたのか問いただされることは目に見えてるから。
「あは、正真正銘の親子…… あの子は私の娘よ」
「…………マジかよ」
わかってはいたものの、現実を突きつけられるとやっぱりキツイ。
だって、そうなると俺はその両方をこの手で抱いたわけで、
つまるところそれは、アレだ──親子丼。
俺は思わず頭を掻きむしった。
「あはは、ポーカーフェイスが売りのくせに、なに考えてるか丸わかりよ?」
「うっせぇ!ああ、もうっ!わけがわかんねぇよ」
避けられない目の前の現実に、すっかり肩を落として項垂れる俺。
なのに、どうして奈美子はこんなにも笑っていられるのだろう。
相変わらずの掴み所のない女に俺は終始困惑してしまっていた。