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黒の他人
【ラブコメ 官能小説】

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赤い唇<後編>-2

「は、はぁ〜い!」

なんとか服を着た様子の加奈が、慌ただしくも玄関へと走る。
休日に部屋の中でスーツはどうかとも思ったが、
いまさらそんな事にツッコミを入れている暇はない。

「やぁ!元気にやってるかい娘よ!」

「う、うんっ 久しぶりだね?お母さん……」

一瞬、母上様なんて堅苦しい呼び方でもするのかと思っていたが、案外普通だった事に驚いた。
それに、母親もまた、なんだかやけにフランクな口調で、
俺が想像していた厳粛な家庭とは随分と違うみたいだ。

「あら?お客さん?」

「あ、えとっ この人はそのっ」

しどろもどろになりながら、きょろきょろと目を泳がせる加奈。
俺もまた同様に冷静ではいられないのだが、
せめて恰好くらいはつけとかないと、関係性うんぬん以前に人間性を疑われる。

「ど、どうも、はじめまして。夏目龍二といいます!」

「夏目…… 龍二さん?」

「はいっ 加奈さんとはその……」

──なんて言えばいいんだ?友達?こんなにも年の離れた?

せめて恋人とでも言えたならまだしも、
いかんせん本人とさえその話題を避けていたくらいだから……

俺はしばらくうつむいたままで言葉に詰まっていた。

綺麗に揃えられた細い足、母親とは思えぬほどの若い声、
そういえば、俺の名を呼ぶ時、どこか驚いたような感じがしたのは気のせいだろうか?

ゆっくりと顔をあげ、加奈の母親を見据える俺。
いや、見据えるもなにも、ほんのわずかに目が会っただけだ。
けれどその瞬間、どちらともなく大きくその視線を逸らしてしまった。

長い黒髪、吸い込まれそうな大きな瞳、
加奈によく似たその女性は、十年来の俺の記憶を否応無しにフラッシュバックさせる。

「はじめ…… まして?」

「は、はじめまして…………です」

余所余所しい挨拶。他人行儀な他人。
混乱して冷静な判断が出来ないのは、決して俺だけではないはずだ。

「えっとね、お母さんっ こ、この人は会社のお得意先の方でその……」

「会社の………… ああ、あなたの勤める会社の……?」

「そ、そうなのっ ちょっと仕事の打ち合わせがあって」

休日の若い女性の家に会社の得意先相手、しかも男が自宅に来るなんてまずありえないよ。
それこそ勘ぐってくださいと言わんばかりじゃないか。

でも多分、加奈の母親にはそんな事いまさらどうでもいい話なんだろう。
俺としてもまた、すっかりどうでもいい話になってしまっている。

「えと、俺…… 用事も済んだんでそろそろ……帰ります」

「あ、いえっ 私の方が押しかけたんですから、ゆっくりしていってくださいな」

たがいの立場を尊重しあうように、当たり障りのない大人な会話。
言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるだろうに。
俺も、そしてあんたも……

「ごめんね加奈?予定も聞かず急に押しかけちゃって……」

「そ、そんなことないよっ」

そんななか、ひとり蚊帳の外の加奈。
いや、蚊帳の外だなんて疎外感を感じる余裕などないだろう。
加奈は加奈で俺と母親の立場を損なわぬよう、必死で立ち回っているに違いない。

「それじゃ、そろそろ私はおいとまするわね?」

「え?もう、帰っちゃうの?」

「あら?なぁにその顔は?二十歳にもなって寂しいの?」

「ち、違うよっ!そんなんじゃないもんっ」

茶化す母親に頬を染めて慌てる加奈。
おそらく、加奈がちゃんとひとり暮らししてるか心配で様子を見に来ただけなのだろう。
その気持ちはとてもよくわかる。
だって、もしも俺が加奈の親ならば、こんな娘をひとりにしておくのは危なっかしくて、
同じようにきっと、事あるごとに顔を出しているだろうからな。

「それじゃぁ失礼しますね 夏目……さん?」

「あ、はいっ どうも…………」

深々と頭をさげては部屋を後にする加奈の母親。
静かに締まるドアの音が、なんだかとても重く感じた。


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