赤い唇<後編>-10
「ここでいいよ…… 近くだからあとは歩いて帰るさ」
加奈の家と俺の家の中間、
そんな中途半端な場所で俺は奈美子の車を降りた。
奇しくもそこは、加奈とはじめて出会ったコンビニの前。
「もう会うことは無いのかしら?」
奈美子はそう言うも、全然悲しそうな顔をしていない。
「……やめろよ、どうせ全部お見通しなんだろ?」
「あら?なんのことを言ってるのかしら?」
くすくすとまた笑いはじめる奈美子。
比べることはしたくないけれど、
その笑顔をみてると、俺が誰かさんの笑顔に惚れた理由がわかってしまう。
「……多分、近いうち会いに行くよ」
その言葉に奈美子はにっこりと微笑むと、
手をあげ何も言わず、ゆっくりとアクセルを踏み込んでいった。
奈美子の車を見送った俺は、大きな溜息と共に肩を落とした。
右に行けば加奈の家、左に行くと俺の家、
いったい俺はどっちに行くべきなのか、いや、どっちに行きたいのか。
「あ、龍二さん♪」
そんな時、背中から聞き覚えのある声が俺の名を呼んだ。
「なにしてるんですか、こんな所で?」
にっこりと微笑むその少女は、
ついさっき別れたばかりの昔の女によく似ていた。
「いや、どっちへ歩けばいいのかなと思ってさ……」
ぼんやりとした俺の言葉に小首を傾げる加奈。
けれど、すぐさま俺の手を握るや、満面の笑みでこう言ってのけた。
「どっちでもいいじゃないですか?まっすぐ歩けばいつかどこかに辿り着きますよ」
雲の隙間からほんのわずかに光が差したような気がする。
そう言えばいつの間にか雨は止んでいたみたいだ。
「けっ、答えになってねぇよ…… だいたいまた雨が降ったらどうすんだよっ」
「あはは、その時は傘をさせばいいだけのことです」
そう言って得意げな顔で右手に持つ傘を見せつける加奈。
「ったく、相変わらず暢気な小娘だな」
「あ、ひど〜い!その小娘相手にいつも発情してるのはどこの……」
「ばかっ やめろ!天下の往来だぞっ」
俺は加奈の口元を手で押さえ込むと、宥めるように優しく頭を撫でてやった。
母親譲りの綺麗な黒髪に、すべてを見透かすような大きな瞳しかり、
その意味深な口ぶりもまた、あの女の血を受け継いでいるのだろうか。
「なぁ、腹減った…… 飯つくってくれないか?」
「は、はいっ まかせてください!ウチ来ます?それとも龍二さんのおうち?」
「……まっすぐ歩くんじゃねぇのかよ」
「あは、なに言ってるんですか?まっすぐな道なんてどこにもないですよ?」
やっぱり加奈の言葉に深い意味なんてないのだろう。
でも、だからこそ俺はその言葉にいつも目を覚まさせられてしまう。
「このままだと、どっちに行くにしても回り道になるな?」
「大丈夫ですよっ 辿り着いてしまえばきっと、回り道もまたいいもんだって思えますって!」
「……そうだな、雨ふりゃ傘をさせばいいだけのことだしな」
迷ったらとりあえずはまっすぐ歩けばいい。
でも、まっすぐの道なんてホントはどこにもないのだから、
人はいつも曲がり角で戸惑い、どちらに行こうかまた迷うのだろう。
俺の歩んできた道は回り道だったのだろうか?
目的地にはまだ到着してないようにも思えるけれど、
その時はちゃんと、回り道もいいもんだったと思いたいものだ。